電話ボックスに置き去り、探し求めた自分のルーツ 会えたのは… <ゆりかご15年>連載 第4部①
スマートフォンのフォルダーには、新聞記事の写真が収められていた。画面に触れ、数枚の画像をスワイプ。そこには「置き去り」「電話ボックス」という文字が大写しになった。
「私は生まれてすぐ、電話ボックスに置き去りにされていたんです」。落ち着いた口ぶりでそう言った。「みそぎ」と名乗った男性は20代半ば。故郷の九州を離れ、東京で働いている。
高校2年の冬。ある出来事で、両親とは血のつながりがない「特別養子縁組」の親子であることを知った。青天のへきれきだった。
大学生になり、自らのルーツを調べ始めた。直接会わなくても、生みの親を遠目に眺めるだけでいい-。そして分かったのは「遺棄されていた子ども」であるという事実だった。
「俺の子じゃないから解けないんだ!」
受験を控え、勉強を教えてくれていた父親は突然キレて、みそぎさんを怒鳴りつけた。「しまった」という表情を浮かべる父親に、母親は「何で言ってしまうの!」と取り乱し、泣き崩れた。
その後、特別養子縁組という制度で親子になったことや、実親とは縁が切れていることを聞かされた。実親がどんな人なのか、どういう経緯で縁組されたのか知りたかったが、母親の前では聞けなかった。幼い頃、父方の祖母に笑顔が似ていると言われたことを思い出し、「あれはうそだったの」と聞き出すのがやっとだった。
「両親は特別養子縁組家庭であることを、私にも周りにも隠し通すつもりだったんだろう」とみそぎさん。その後、家庭では「特別養子」という言葉は禁句になった。
大学生になって1人暮らしを始めると、実親や自らの出自について考えるようになった。「若かったのかな」「病気で育てられなかったのかも」「犯罪の結果ではないか」…。想像を巡らせては「自分が生まれたことで産みの親に迷惑をかけたんじゃないか。育ての親にとっても迷惑だったのか」。自分の存在を責め続け、激しく落ち込んだ。
自動車免許取得のために住民票を取ると、過去の住所欄に見知らぬ地名が書かれていた。訪ねてみると乳児院だった。当時の担当職員が、2歳ごろまでの思い出を語ってくれた。「誰かがずっとそばにいて、かわいがってくれたんだ」と気付いた。
大学2年の時には、里子支援のキャンプにボランティアとして参加した。社会的養護の制度を学び、自分のことも客観的に考えられるようになった。同時に、実親への思いも募った。
みそぎさんはルーツ探しを始めた。戸籍を取り寄せ、「従前戸籍」の欄の住所を訪ねた。高速バスを乗り継いでたどり着いたのは、海沿いの小さな町。一軒一軒インターホンを押して回ったが、情報は得られなかった。児童相談所に、情報開示請求もした。「出自に関して知ることができる情報を全部出してほしい」と、申請書類にびっしりと書き込んだ。
届いた封筒には、縁組前のヒアリングや経過観察書などの書類のほか、新聞のコピーが入っていた。「赤ん坊置き去り」。すぐに自分のことだと理解した。記事にはへその緒が付いた状態で、タオルにくるまれて電話ボックスに遺棄されていたとあった。警察の捜査でも、実親にたどり着くデータは残されていなかった。
就職で上京する前に、再び海沿いの町を訪ねた。戸籍の住所からそう遠くない通り沿いに、確かに電話ボックスがあった。
改めて事件のことを尋ねて回ると、一軒の家に案内された。事情を話すと家主の男性は目を丸くした。男性は元役場職員で、戸籍を作る際、みそぎさんの名付け親になったという。「しっかり元気に成長して…」と男性は声を詰まらせた。
「もうこれ以上は、たどりようがない。諦めがついた」とみそぎさん。実親にはたどり着けなかったが、幼少期の自分に関わってくれた人たちの思いに触れた。幼少期の空白に、温かな記憶が加わった気がした。
◇ ◇
親が育てられない子どもを匿名でも預かる慈恵病院(熊本市西区)の「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」を巡っては、子どもの「出自を知る権利」が守られないとの指摘がある。出自が分からないことは、子どもの人生にどんな影響を与えるのか。特別養子縁組の家族、生殖医療で生まれた当事者らの声から考える。(「ゆりかご15年」取材班)
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