手放したくない赤ちゃん…でも忘れなきゃ 学生で妊娠、誰にも言えず <ゆりかご15年>連載 第2部①
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【いのちの場所 ゆりかご15年】第2部 たどりついて 母たちの思い①
腕に抱いている赤ちゃんを手放したくなかった。「でも、今の私にこの子は育てられない。忘れなきゃいけないんだ」。アオイさん(仮名)は覚悟を決めて扉を開き、毛布が敷かれた小さなベッドの上にわが子を置いた。
妊娠が分かった時、20代の学生だったアオイさんにはお金もなく、頼れる人も近くにいなかった。誰にも告げずに自宅トイレで一人で出産。新幹線とタクシーを乗り継ぎ、必死でたどり着いたのは、慈恵病院(熊本市西区)が運営する「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」だった。
気付かれないように素早く立ち去ろうとした時、ドアの開く音が聞こえ、「お話していいですか」と看護師から声を掛けられた。ぎょっとして体が硬直した。観念すると、促されるまま病院の中へ入り、相談室に着くと、それまでこらえていたさまざまな感情があふれ出し、アオイさんは号泣した。
「学生で自立もしていないのに妊娠した自分が恥ずかしく、許し難くて誰にも言えなかった」
30代になったアオイさん(仮名)は当時を振り返る。
妊娠が分かったのは、故郷の九州を離れ、中部地方の専門学校に通っていた時だった。知人の男性と一度だけ関係を持ったが、避妊してくれず、押し問答になった。数週間後に具合が悪くなり、市販検査薬で調べると陽性反応が出た。
両親は離婚し、アオイさんは父子家庭で育った。父親は優しかったが、子どもができたと分かれば、殴られるかもしれないと怖かった。「父が大好きなだけに、言えなかった。間違いであってほしかった」
当時、生活費は奨学金とアルバイトで賄っていたが、専門学校の授業が忙しく、バイトの時間を減らさなければならなかった。産婦人科を受診するお金などなく、途方に暮れた。
「妊娠してんの? 私たちに迷惑かかるんだから、はっきりして」。ある日、アオイさんの様子がおかしいと思ったクラスメートから、心無い言葉をぶつけられた。ますます隠さなければという思いが強まり、現実から目を背け続けた。

ある朝、おなかが痛み始めた。不安で眠れぬ夜を過ごし、日が明けた頃に陣痛だと気付いた。激しい痛みに耐え、トイレに座って前かがみになった。赤ちゃんと一緒に出てきた胎盤を自分で引っ張り出し、へその緒ははさみで切った。
「必死でした。赤ちゃんも私も死なないように。どこかに相談するにしても、じゃあ、具体的に何をしてくれるのか、出産や養育のお金でもくれるのかと、信用していなかったんです」
無事に産み落とすと、泣き声が聞こえた。赤ちゃんの体が冷えないように風呂場に走り、お湯で温めた。トイレから風呂場まで血だらけになった。
おなかの中にいた頃は正直困った存在だった。しかし、おっぱいをくわえさせると、愛らしさに圧倒された。見開いた目や元気に動く手足を眺め、ずっと一緒にいたいという思いが芽生え始めた。
翌日から何事もなかったように学校に通った。赤ちゃんは自宅に残し、昼休みに急いで帰宅。食事もとらずに授乳し、また学校に走った。夕方帰宅すると、課題をこなさなければならない。赤ちゃんを膝に抱き、夜中まで勉強した。つらいながらも幸せを感じた。
しかし、隠し続けるのは不可能だった。「赤ちゃんと2人で死のうか」。思い詰めた時、ふと慈恵病院の「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」を思い出した。高校時代に授業で学んだことがあった。ここなら赤ちゃんを幸せにしてくれる─。「ゆりかご」に預けると決めた。出産から1週間近くたっていた。
熊本まで移動するために服を着せようと、スーパーで90センチサイズの肌着を買った。新生児にはぶかぶかだったが、上からブランケットでくるみ、新幹線に飛び乗った。帰省時期と重なり車内は満席。アオイさんは赤ちゃんを抱き、何時間も立ち続けた。
◇ ◇
親が育てられない子どもを匿名でも預かる「こうのとりのゆりかご」には、2020年度までに159人が預けられた。誰にも妊娠を知られたくないと、自宅などで産む「孤立出産」のケースは半数に上る。母たちはなぜ、「ゆりかご」を目指したのか。予期せぬ妊娠をした女性の心境をたどる。(「ゆりかご15年」取材班)
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熊本市出身。早回しの歌に乗せた形態模写やデフォルメの効いた顔まねでデビューして45年。声帯模写も身に付けてコンサートや座長公演、ドラマなど活躍の場は限りなく、「五木ロボ」といった唯一無二の芸を世に送り続ける“ものまね界のレジェンド”です。その芸の奥義と半生を「ものまね道」と題して語ります。