(2)腹くくり、全て打ち明ける 「一緒に暮らしたい」 <ゆりかご15年>連載 第2部

【いのちの場所 ゆりかご15年】第2部 たどりついて 母たちの思い②
慈恵病院(熊本市西区)の「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」にたどり着いたアオイさん(仮名)は、赤ちゃんを抱いて扉の前に立った時、相談を呼び掛ける看板を見つけた。「相談できるなら、こんな所まで預けに来ない」と目を背けた。
扉を開けると、「お父さん、お母さんへ」と書かれた手紙が目に入った。その手紙には触れず、赤ちゃんをベッドに置いた。急いで立ち去ろうとした時、看護師から呼び止められ、病院内の相談室に案内された。
「今さら隠せない」。アオイさんは腹をくくって身元を明かし、自立していないのに妊娠した自分を恥じたこと、出産後に赤ちゃんへの愛情が湧いたこと、離れたくないと、2人で死のうとまで思ったこと、何もかも打ち明けた。
応対したのは当時看護部長だった田尻由貴子さん(72)。「今後、どうしたい?」と聞かれ、アオイさんは「私が育てたい。卒業して仕事に就いたら一緒に暮らしたい」と本音を漏らした。自分のしたことを責められると思ったが、「手伝うよ」と励まされ、全身の力が抜けていった。
その時、診察のため別室に連れて行かれた赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。アオイさんは号泣した。「つらくて、罪悪感もものすごくあって、ぼろ泣きしました。でも、ほっとした気持ちもあったんです」
打ち明けたことで、家族に話せる勇気も湧いた。地元に帰って切り出すと、離婚して別居していた母親はアオイさんを責めたが、父親の反応は予想と全く違った。殴られると思っていたのに一切怒らず、「子どもを幸せにするため、おまえががんばらないとな」と言ってくれた。父親は慈恵病院で赤ちゃんと対面すると、うれしそうに抱っこし、名前まで考え始めたという。
アオイさんは赤ちゃんをいったん地元の乳児院に預け、中部地方の専門学校に戻った。赤ちゃんを引き取るために1年余り猛勉強して卒業。その間、父親が乳児院に通い、赤ちゃんの写真と動画を撮影してアオイさんに送り続けた。
「どんどん成長する様子がうれしかった。それが、赤ちゃんを引き取るまでのモチベーションだった」とアオイさんは振り返る。卒業後、地元に就職を決めると、乳児院にたびたび会いに行った。面会や外泊を重ねて親子の関係を構築。数年後、親子一緒の暮らしが実現した。
初めての子育ては当初、うまくいかなかった。「ちゃんとしなきゃってガミガミ言って。子どももつらかったと思う」と後悔する。しかし、今は落ち着いて、2人でゲームを楽しめるようになった。近くで暮らす父親が大きな支えになっている。
「ゆりかご」に預けた当時のことを時々思い出す。いま振り返ってみても、出産前に誰かに相談できたとは思えない。ただ、「ゆりかご」の前で呼び止められて良かったと、アオイさんは思っている。
「私は『ゆりかご』で声を掛けられ、父親の支えもあったから、子どもと一緒に暮らす人生を歩むことができた。でも、そうじゃなかったら今の明るい未来はなかったかもしれない」(「ゆりかご15年」取材班)
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熊本市出身。早回しの歌に乗せた形態模写やデフォルメの効いた顔まねでデビューして45年。声帯模写も身に付けてコンサートや座長公演、ドラマなど活躍の場は限りなく、「五木ロボ」といった唯一無二の芸を世に送り続ける“ものまね界のレジェンド”です。その芸の奥義と半生を「ものまね道」と題して語ります。