(3)親から虐待「一人で産む」
【いのちの場所 ゆりかご15年】第2部 たどりついて 母たちの思い②
「親に相談したら、おなかの中の子どもも虐待を受ける。一人で産んで熊本に行くか、自殺するかのどちらかしかない」
東日本に住むヒカリさん(仮名)は覚悟を決め、自宅アパートで産む準備を始めた。
スマホの生理周期を管理するアプリで出産予定日を調べ、医学論文や出産に関する専門ガイドラインを読み込んだ。さらに、ネット通販で赤ちゃんの服やミルクも買った。
「一人で産むことを教えてくれるサイトなんてないから、自分で調べるしかなかった。他の幸せそうなお母さんがうらやましくなるから、ベビー用品店にも行けなかった」
ヒカリさんが妊娠に気付いたのは、10代の後半。相手は友人だった。初めは中絶するつもりだったが、相手が手術代金を工面できないまま、中絶できる週数は過ぎた。
ヒカリさんは小学校に入る前から、親から虐待を受けてきた。「殴る、蹴るは当たり前」。身体的に虐待されても、「私が悪いことをしたから」と従った。ヒカリさんが成長するにつれ、精神的な虐待が増えた。「言うことを聞かないなら、お金を出さない」。家の中に、味方はいなかった。
自分が虐待を受けていることに気付いたのは、高校生になってスマホを持ってからだった。ネットで同じ経験をした書き込みを見つけ、「毒親」という言葉が自分の親と重なった。
18歳になり高校を卒業すると実家を出て、アパートで一人暮らしを始めた。妊娠が分かったのはちょうどその頃。保険証を使うと、親に知られるため、病院には行けない。匿名で相談できるシェルターが何カ所か見つかったが、親に知られたくない未成年を受け入れてくれそうにはなかった。特別養子縁組も調べた。「実母が未成年の場合、赤ちゃんの親権は祖母」。八方ふさがりだった。
絶望していた時、ニュースで見た慈恵病院の「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」を思い出し、必死で検索して調べ、預ける決意をした。
陣痛が始まったらどうするか、病院にどうやってたどり着くか、予定日までに取るべき行動を何度も何度も、シミュレーションした。一人で産むことの危険性も調べた。「本当に怖かった。自分が死んでしまえば、赤ちゃんも助からない。恐怖でしかなかった」。妊娠中は毎日のように泣いていた。
やがて陣痛が始まり、交互にやってくる痛みと不安と闘いながら、丸1日かけて、元気な男の子を産んだ。頭の中で「個条書き」したやるべき事に沿って、口と鼻を拭き、背中をさすると、元気に泣いてくれた。安堵[あんど]感に包まれ、少しだけ眠った。目を覚ますと、横には赤ちゃんが眠っていた。思わず写真を撮り、ずっと眺めた。
「無事に生まれてくれてありがとう」「これ以上、一緒にいられなくてごめんね」。二つの感情が入り乱れる中、熊本へ行く準備をした。
翌朝、生後1日の息子を抱き、始発の新幹線に乗った。「始発じゃないと、預けたその日に帰れないから」。車内では、泣いたらミルクをあげ、デッキに立ってあやし続けた。熊本が近付くにつれ、赤ちゃんといられる時間が少なくなっていく。次の停車駅を知らせるメロディーが鳴るたび、胸が締め付けられた。「今でも、あの音を聴くと、胸がぎゅっとなる」(「ゆりかご15年」取材班)
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