(4)「安心」のため親と決別
【いのちの場所 ゆりかご15年】第2部 たどりついて 母たちの思い④
当時未成年だったヒカリさん(仮名)はわが子を抱き、半日かけて慈恵病院(熊本市西区)にたどり着いた。
「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」は二重扉になっており、一つ目の扉を開けた時、親に宛てた「手紙」が目に留まり、動けなくなった。「早く預けなきゃ」と思いながらも、体が動かない。「たぶん赤ちゃんと離れたくなかったから」と振り返る。
しばらくたたずんでいると、職員が現れた。「かわいい子だね」「あなた、顔色が悪いよ」。優しく声を掛けられ、促されるまま相談室に入った。血液検査で貧血状態になっているということが分かり、そのまま入院となった。
「体調がそんなに悪いなんて、少しも思わなかった。ここなら大丈夫。私のことを守ってくれると思えた。赤ちゃんの体調に異常が無いことも知らされ、本当にほっとした」
ただ虐待家庭に育ったヒカリさんは親に知られることを恐れ、出生届を出せずにいた。一方で、赤ちゃんへの愛情は日に日に強くなっていく。退院後、身体的にも精神的にも落ち着きを取り戻すと「できれば私が育てたい」と病院に伝えた。
その後、病院側と話し合い、20歳になってから親の戸籍から抜ける「分籍」手続きをし、出生届を出した。赤ちゃんの「無戸籍」が一時生じたが、ヒカリさんが安心してこどもと暮らすためには親とのつながりを絶つ必要があった。
赤ちゃんの名前は自分で付けた。「明るい未来が待っているように願いを込めながら考えた」とヒカリさん。今は西日本の里親の家で元気に育っているという。里親家族にはこれまでも数回訪問。送られてくる写真や動画が、前を向く原動力だ。「めちゃくちゃかわいい。経済的にも安定すれば、引き取って育てるつもり」。そう思えるようになったのは、精神的にも支えてくれる今のパートナーと出会えたことが大きい。
「私は虐待サバイバーだと思います」。幼いころは、体中にあざがあったというヒカリさん。そこから逃げるには、分籍しかなかった。「虐待家庭での親権という言葉は『合法的な人質』なんです。まともな親の元で育った人たちには、私のことが理解できないと思うけど」
もともと、出産は親にさえ知られなければ良かった。赤ちゃんを「ゆりかご」に預ける時は、生まれた状況や自分のこと、温かい家庭で育ってほしいから特別養子縁組を希望すると書いたメモをペンダントに入れ、一緒に託すつもりでいた。
妊娠中、担当者だけに名前を明かして病院で出産し、子どもが一定の年齢になれば母親の情報を知ることができる「内密出産」についても調べた。「私がやりたかったこと。仕組みが間に合えばいいなと、本当に願って過ごしていた」とヒカリさんは振り返る。
無事に一人で産むことができたのは、「本当に運が良かった」と思う。母子ともに命の危険が伴う自宅などでの「孤立出産」を、「一番ひどい虐待だと思っている」。だが、普通なら守ってくれる親が自分にはいなかった。
「孤立出産と自殺と、どっちをとるか。私にとっては賭けでした」(「ゆりかご15年」取材班)
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