(5)妊娠の現実、一人で背負う

熊本日日新聞 2022年5月3日 08:34
24時間態勢で妊娠に関する相談を受け付けている慈恵病院の新生児相談室=熊本市西区
24時間態勢で妊娠に関する相談を受け付けている慈恵病院の新生児相談室=熊本市西区

【いのちの場所 ゆりかご15年】第2部 たどりついて 母たちの思い⑤

 「きっと幸せに暮らしている。そう信じています」

 関東に住むミユキさん(47)=仮名=は11年前、慈恵病院(熊本市西区)で男の子を出産し、特別養子縁組に託した。その息子はこの春、小学5年生になっている。

 当時36歳だったミユキさんは、食料品店でフルタイムで働いていた。仕事が忙しく、悩みを抱えていたため、職場で相談できる相手を探していた。話を聞いてくれた同僚の男性に次第に心を許すようになり、交際が始まった。

 やがて妊娠が発覚した。思いがけない妊娠だった。彼に告げると、「週数が合わない。おかしい」と疑いの言葉を投げてきた。自分の子であると認めようとしないどころか、態度が一変し、乱暴な言い方でミユキさんを精神的に追い詰めるようになった。彼の態度にショックを受けたミユキさんに、妊娠した現実が重くのしかかっていた。

 「自分一人で責任を負わなければいけないのか」。追い詰められたミユキさんは、相談に乗ってくれるところを探した。どんな相談機関が良いのか分からなかったが、子どもを育てるための支援を受けることはできないか、市役所にも足を運んだ。しかし、職員の対応は冷たかった。事の経緯を説明しようとすると、全てを聞く前に話を遮られ、揚げ句の果てにこんな言葉を投げ付けられた。

 「あなたにも落ち度がありますよね」

 公的機関は頼れない-。そう実感したミユキさんは目の前が真っ暗になった。支えてくれるパートナーもおらず、介護が必要な父親がいる実家も頼ることはできない。しかし、自分のおなかはどんどん大きくなっていく。「誰とも話したくない」「誰も信用できない」。ミユキさんはうつ状態に陥っていった。

 行き詰まっていた時に思い出したのが、慈恵病院の「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」のことを書いた新聞記事だった。わらにもすがる思いで、病院の妊娠相談窓口に電話した。

 「一緒にできることを考えていきましょうね」

 自分の悩みに優しく耳を傾けてもらえたのは、初めてだった。辛[つら]かったことも全部吐き出させてくれた。ここなら頼れる。そう思ったミユキさんは名前を明かして相談を重ねた。看護師の助言で近くの病院で妊婦健診を受けると、すでに妊娠8カ月を過ぎていた。

 やがて慈恵病院で出産するため、熊本に向かった。体調は優れなかったが、病院のスタッフは温かく親身に話を聞いてくれた。何より暴力的な彼から逃げることができたことで、安心感が生まれた。2週間の入院は自分を取り戻す時間にもなり、誰も信用できないと思っていた心がほぐれていった。

 「一人でどうしていいのか分からなかったんです。病院スタッフからは、私と生まれてくる赤ちゃんに対して愛情を感じました」

 ただ、安定した収入も頼れる人もいないミユキさんは、生まれた子どもを育てていく自信がなかった。(「ゆりかご15年」取材班)

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