【あの時何が 熊本市民病院編⑪】赤ちゃん1人にヘリ2機 情報共有できず
昨年4月16日。被災した熊本市民病院(同市東区)の患者搬送には、同病院の医師や看護師らだけではなく、県外の医師も数多く関わった。NICU(新生児集中治療室)の空き状況を調べたり、ドクターヘリを飛ばしたり…。各県の緊急消防援助隊も次々に駆けつけた。
熊本地震で病院間搬送された患者は、市民病院も含めて1290人に上る。医療関係者には、日常の交流を通じて「顔の見える関係があったからスムーズだった」という声が多い。ただ、情報が錯綜[さくそう]する現場では混乱する場面もみられた。
16日午前。市民病院には、宮崎県の病院に搬送するNICUの赤ちゃんが取り残されていた。「ヘリで運ぶ患者」として、市民病院からDMAT(災害派遣医療チーム)に渡されたリストの13人のうちの1人だ。「ヘリが来る」-。昼ごろになってDMATの北九州総合病院医師、高間辰雄(40)に連絡が入った。ところが、赤ちゃんは既に別のヘリで運ばれようとしていた。「どうなっているんだ」
別のヘリを手配したのは市民病院の新生児内科部長、川瀬昭彦(48)だ。久留米大病院から促され、県災害対策本部にヘリを要請したのは午前4時台。DMATが市民病院入りする2時間以上前のことだった。
川瀬はヘリ要請後、搬送の準備を進めていた。離着陸に使うのは江津湖公園。そこまで運ぶ新生児専用救急車の運転手を確保し、さらに安全確保や地上からの支援のため、市消防局の協力も取り付けていた。
結果として、1人の赤ちゃんのためにヘリが2機確保される事態になった。提出した「ヘリで運ぶ患者13人」のリストの受け止めが、市民病院側とDMATで違ったことが招いた状況だった。
病院側はヘリ搬送を全面的にDMATに依頼する意図はなく、一方の高間は「ヘリを呼ぶのはDMATの仕事」と考え、病院の医師がヘリを要請しているとは思わなかった。高間は、DMAT対策本部に呼び出した川瀬に言った。「勝手なことしてくれちゃ困るよ」
支援に駆けつけたDMATは、市民病院にとって「顔も名前も知らない」存在だった。独自の対策本部を立ち上げたDMATと病院側は擦れ違い、情報の共有が難しかった。DMATが去った後、職員のほとんどがどこの医療機関のチームだったのかを知らなかった。高間は、コミュニケーションがうまくいかなかったことを認める。「支援させていただくという気持ちを持つべきだった。冷静さを欠いていた」
本震発生から約12時間後。市民病院の入院患者310人全員が転院・退院となった。NICUの赤ちゃんも全員無事に搬送された。病院の職員らは憔悴[しょうすい]しきっていた。(森本修代)=文中敬称略
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