【あの時何が 熊本市動植物園編⑥】「市民の安全が最優先」新園長決断
「うわっ。また、でかい」。4月16日午前1時25分、熊本市動植物園の飼育員伊藤誠基[せいき](46)は突然の激震に揺さぶられ、懸命に机にしがみついた。この夜は当直勤務で、管理事務所2階でテレビを見ている時に熊本地震の本震が発生。駆け付けた獣医師井手眞司(53)と真っ先に猛獣の安否を確認し、園長の岡崎伸一(57)に電話を入れた。
それから約9時間後。園内の被災状況を把握した岡崎は、ある決断を下していた。停電が続く園内に幹部十数人を集めて、告げた。
「3回目の大地震が来たら、大丈夫とは言い切れない。市民の安全が最優先で、想定外では済まないんだ。猛獣は県外に避難させる」
市職員として長年事務畑を歩んできた岡崎は、東区役所まちづくり推進課長から4月に異動したばかり。猛獣4種5頭を県外避難させる判断には、園内に「受け入れ先はあるのか」「違う環境に行くのは猛獣にストレスがかかる」「一度出したら戻ってこないかもしれない」と否定的な意見もあった。だが、新園長として下した決断は揺るがなかった。
14日夜の前震時は鹿児島市に出張中だった岡崎が、ようやく園の被災状況を直接確認できたのは15日午後6時すぎ。交通機関がまひした中、JRの各駅停車と路線バスを乗り継ぎ、戻ってきた後だった。
報告は随時入っていたが、園内に無数の地割れが走る光景は衝撃だった。それでも前震の時点では、「舗装し直すなど修理をすれば、しばらくして復旧できる」という気持ちもどこかにあった。
しかし本震が、その思いを一変させた。遊園地ゾーンのミニSLは駅舎ごと倒壊。日中友好の象徴として1992年に建てられた、あずまやの友誼亭[ゆうぎてい]も無残につぶれた。鉄筋コンクリート造りの獣舎が複数傾き、壁や柵のひび割れもさらに増加。ペンギン舎には液状化した土砂が大量に流れ込んでいた。
ユキヒョウが日中過ごす運動場のおりには前震時、既に数十センチのすきまが生じていた。「もし地震が昼間だったら」。抱えていた不安はさらに強まった。
岡崎は園に隣接する泉ケ丘小の卒業生。水前寺にあった動物園が江津湖畔の現在地へ移転したのは1969年だった。岡崎は5年生になったばかりで、巨大なサル山やゴーカートなど、開園時の華やかな様子を鮮明に覚えている。
猛獣舎はその開園当時のままで、最も古い施設の一つだ。岡崎の指示を受け、獣医師の松本充史(44)が日本動物園水族館協会に協力を要請。それから6日後の22日、災害時では国内初となる猛獣の県外避難が実現した。(岩下勉)=文中敬称略
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