【あの時何が 熊本市動植物園編⑤】「水が出ない」九州各地から支援
「どこから手を付ければいいんだ」。熊本地震の前震から一夜明けた4月15日朝、熊本市動植物園で施設班の責任者を務める神崎雄樹(49)は、園内の断水に頭を抱えた。
通路に埋められた給排水設備が全域で破断。断水は、動物の飼育に大量の水が必要な動物園にとって死活問題だ。神崎は仮復旧を試みた。しかし、管をつないでもつないでも、送水できる手応えはなかった。
「水が出ない。大量のポリタンクが必要だ」。午前11時前、獣医師松本充史(44)は、日本動物園水族館協会(東京都)の専務理事・長井健生[けんしょう](65)に、携帯電話で支援を求めた。松本らも朝から、市内のホームセンターに走ったが、家庭用ポリタンクを10個しか確保できなかった。
要請を受けた長井は愛知県の碧南海浜水族館の元館長。阪神大震災以降の災害支援の経験が豊富で、既に午前5時から事務所に詰め、熊本への支援体制を練っていた。
長井は動物園以上に大量の水を扱う水族館出身とあって、すぐに魚類運搬用の大型タンクに着目した。福岡市のマリンワールド海の中道(海の中道海洋生態科学館)が1000リットルタンク、大分市の大分マリーンパレス水族館うみたまごが500リットルタンクを用意したほか、他県の水族館もそれぞれ20リットルポリタンクを確保し、熊本市への輸送を決めた。支援要請からわずか約1時間後の決定という早業だった。
正午すぎ、うみたまごの飼育部魚類グループリーダー濱田貴史(44)は、青い500リットルタンクとポリタンク20個を車に積み、阿蘇市経由の国道57号ルートで熊本へ向かった。「何か手助けできないか」との思いを募らせていた濱田は、輸送を快く引き受けた。
熊本県内の交通渋滞がひどく、到着に4時間を要した。熊本市動植物園に近づくにつれ、ひび割れた路面やつぶれた建物が次々に現れる。深刻な被害を目の当たりにして、園では被災状況の多くを聞くのもはばかられた。タンクを渡し終えると、あいさつもそこそこにUターン。午後9時には大分市内に戻って来た。
翌朝、それが幸運だったことを知った。16日午前1時25分、熊本地震の本震が発生。テレビに映し出された大規模土砂崩れの現場は、阿蘇大橋が崩落した南阿蘇村立野の国道57号だった。「昨夜通った道じゃないか」。通過して数時間後に起きた激震に背筋がぞっとした。
濱田が届けた500リットルタンクは主にゾウ舎で使われた。各県から届いた大量の20リットルポリタンクも、飼育員らが江津湖畔からわき水をくんで動物の飲み水や獣舎の清掃用に。1頭の動物も死なすことなく、熊本市動植物園の危機を救った。(岩下勉)=文中敬称略
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