【あの時何が 熊本市動植物園編④】「ライオン逃げた」デマで電話殺到
「おいふざけんな、地震のせいでうちの近くの動物園からライオンが放たれたんだが 熊本」
4月14日午後9時52分、短文投稿サイト・ツイッターに、ライオンが路上に立つ画像を添付したデマが投稿された。瞬く間に拡散し、リツイート(転載)は1時間で2万件を超えた。
「ライオン逃げたって本当ですか?」。投稿から間もない午後10時すぎ、熊本市動植物園の管理事務所に入った電話に、主任主事の兼坂明宏(41)は首をかしげた。そんなことがあれば、確認に走った同僚たちから報告があるはずだ。「逃げてないと思いますけど」。少し歯切れの悪い返答になってしまい、電話を保留にして、すぐに同僚に確認。電話先の相手に向かって声を大にした。「やっぱり逃げてません」
ところが、この一本を皮切りに事務所の電話が、ひっきりなしに鳴りだした。「健軍商店街を歩いていた人たちから、ライオンが逃げたと聞いた」「(動植物園前の)庄口公園に避難している。ライオンが逃げたって本当か」。どの声も切羽詰まっている。「逃げてません」「逃げてません」。壊れたレコーダーのように繰り返したが、きりがない。
しばらくたってデマが原因だと分かった。兼坂は自身のフェイスブックに「動物園のライオンや動物は逃げてません デマにご注意を」と投稿。友人たちに拡散を頼んだが、焼け石に水だった。
別の職員は園の公式ホームページにデマ否定の情報を掲載しようと試みたが、サーバーのダウンで翌15日の午前2時までつながらなかった。
問い合わせの電話は、全国の報道機関を含め100本以上。兼坂ら4人が掛かりきりで対応したものの、回線は一時パンク状態に陥った。
「何かあっても緊急連絡すらできない状態だった」と兼坂。デマに関する電話が落ち着き始めたのは、明け方近く。一睡もしないまま、園内の被災状況の調査を始めなければならなかった。
朝日が差し込む中、テーブルに園の見取り図を広げ、被災状況を詳細に書き込んでいく。全域に及ぶ被害が次々と報告され、その深刻さが明らかになっていった。だが、その作業中にも度々電話が鳴った。「ライオンが逃げたって本当ですか?」
16日の熊日朝刊は情報を否定する記事を掲載。デマによる混乱は収まるが、県警は7月、ツイッターに投稿した神奈川県の会社員の男(22)を偽計業務妨害容疑で逮捕した。災害時にインターネット上にデマを書き込んだとして逮捕されるのは全国初。男は「みんなを驚かせようと悪ふざけでやった」と供述したという。(岩下勉)=文中敬称略
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