【あの時何が 熊本市動植物園編③】職員奔走「動物は全て無事です」
暗闇で静かにたたずむアフリカゾウの「マリー」を激震が襲う。巨体が揺さぶられ、慌てた様子で一瞬踏ん張った後、おりにぶつからんばかりの勢いで狭い寝室をぐるぐると回り続ける-。4月14日午後9時26分。熊本地震の前震発生の瞬間が、熊本市動植物園の飼育舎で唯一設置されているゾウ舎の監視カメラに記録されていた。
「一刻も早く猛獣たちを確認しないと」。同じ頃、獣医師松本充史(44)ら4人は、懐中電灯を頼りに、アムールトラなど4種5頭がいる猛獣舎へと急いでいた。
猛獣舎は1969年の開園当時のままで、園内で最も古い施設の一つ。それでも造りは頑強だ。中でも動物たちが夜を過ごす寝室は分厚い鉄筋コンクリートで覆われ、窓には小指ほどの太さの鉄柵が張り巡らされている。
「逃げていないはずだ」。松本は信じていた。ただ、周辺の地面は液状化で波打ち、地割れが走り、歩みを進めるのも苦労するほど。二重になっている作業場のおりに隙間が開いているのにはぎくりとしたが、寝室のおり付き窓やコンクリート壁などに目立った損傷はない。
慎重に近づき、寝室の窓から懐中電灯で中を照らすと、メスのアムールトラ「チャチャ」の二つの目がキラリと光った。落ち着かない様子を見て、「大丈夫だぞ」と声を掛けた。ライオン1頭、ユキヒョウ1頭、ウンピョウ2頭もいた。信じていたとはいえ、寝室の中にいる猛獣たちに正直、胸をなで下ろした。
4人は隣接するクマ舎の寝室でも4種5頭を確認し、管理事務所に戻った。既に帰宅していた職員たちが集まり始めていた。
この日、園長の岡崎伸一(57)は鹿児島市に出張中で不在。副園長の藤本修三(58)の現場指揮で、園内で飼育する約120種800頭の動物を確認するため、約24ヘクタールの園内に職員が散った。
確認できた動物の飼育舎に電気を付けるよう取り決めた。暗闇が広がる園内に、明かりが一つ、また一つともっていった。「動物は全て無事です」。藤本が園長に電話で報告したのは午後10時9分。前震発生から43分後だった。
ちょうどその頃、ゾウ舎前にいた主任主事渡邉優(33)の携帯電話が鳴った。管理事務所にいた同じ主任主事の兼坂明宏(41)からだった。
「ライオン逃げ出してないよね。問い合わせの電話が殺到して一人じゃ対応できないんだ」。兼坂の声は緊迫していた。それでもまさかインターネット上に「ライオンが逃げ出した」という悪質なデマが駆け巡っているとは、想像もできなかった。(岩下勉)=文中敬称略
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