【あの時何が 熊本市民病院編⑨】「ヘリはまだか…」陸路で県外へ搬送
昨年4月16日。被災した熊本市民病院(同市東区)に入院していた赤ちゃんの2次搬送は夜明け以降、鹿児島県ドクターヘリが主力を担う。しかし同日午前、DMAT(災害派遣医療チーム)指揮下にあるヘリは本格的に動けない状態だった。「ヘリはまだか…」。病院内には、じりじりと待つ医師らの姿があった。
午前6時ごろ、DMAT拠点本部からの指示を受け、市民病院入りした北九州総合病院(北九州市)の医師、高間辰雄(40)もその一人だった。DMATは被災直後に現地で活動する機動性を持った医療チーム。阪神大震災を契機に誕生した。
患者転院を決めた市民病院では各診療科がそれぞれ、緊急消防援助隊に搬送を依頼していた。「トリアージがなされていない」。高間の目にはそう映った。「トリアージは災害対応の基本。患者を比べ、どちらが優先か判断しなければならない」。しかし市民病院には34の診療科があり、異なる科の患者を比較して優先順位をつけるのは困難だった。結果的に、転院先が見つかった人から搬送する状況が続いた。
「災害対応のプロ」という自負がある高間らは、DMAT独自の対策本部を立ち上げ、活動を始めた。救急治療にたけたチームなのだが、直面する課題は患者搬送だ。
県外へ転院することが決まったものの、搬送手段がない患者がいた。「ドクターヘリで搬送しよう」-。そう考えた高間は、「ヘリで運ぶ患者の名前を紙に書いてほしい」と病院側に求めた。紙には13人の名前があった。切迫早産の妊婦4人、心臓手術後の5歳児、NICU(新生児集中治療室)の赤ちゃん…。
高間は、県災害対策本部内にあるDMAT調整本部ドクターヘリ調整部にヘリを要請した。しかし、その返事は「いつになるか分かりません」。16日午前中、何度連絡してみても返事は同じだった。
本震は県内の広域で甚大な被害を招き、当時、県災害対策本部にはドクターヘリの要請が殺到。県は他県にも応援ヘリを求めたが、参集拠点が決まっていなかった。
想定していた熊本空港は被災したため閉鎖。空港隣接の県有地や自衛隊健軍駐屯地も使えなかった。ようやく参集拠点が、うまかな・よかなスタジアム(現えがお健康スタジアム)の補助グラウンドに決まったのは16日昼ごろだ。
熊本赤十字病院や久留米大病院のヘリは同日午前、南阿蘇村などで現場救急に当たっていたが、県外への患者搬送のためにヘリが本格稼働するのは午後になってから。未明から始まっていた市民病院の患者搬送は、ほとんどが陸路頼みとなった。余震はまだ続いている。「一刻も早く搬送しなければ」。高間はその一心だった。(森本修代)=文中敬称略
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