【あの時何が 被災地障害者センター編⑤】実現しなかった「特別な対応」
熊本地震を機に結成された被災地障害者センターくまもとに賛同した団体の一つ「シェアハート」は、高機能自閉症やアスペルガー症候群など発達障害の当事者会だ。
発達障害のある人は、おおむね環境変化の影響を受けやすい。人混みで混乱し、においや光のちらつき、食べ物の舌触りなども過敏に感じてしまう。苦痛を伴うが、周囲からは好き嫌いやわがままと誤解されてしまいがちだ。2016年4月14日の前震後。シェアハート役員の井上裕介(33)は、「不安なことはありませんか?」とフェイスブックなどを通じて仲間たちに呼び掛けた。
熊本市発達障がい者支援センター「みなわ」は15日以降、厚生労働省のリーフレット「災害時の発達障害児・者支援について」の配布を始めた。当事者や家族が、避難所で列に並べず食事を受け取れないなどのトラブルが想定できたからだ。具体的な場面を挙げて「理解と支援」を求める内容で、リーフレットは保健師らを通じて配られた。ところが数日後、「こんなものを配布しろと言われても困る」。ある避難所の責任者から、みなわに電話が入った。
「これは東日本大震災の教訓を踏まえてお願いしているものです。熊本でも食料を手にできず困っている人がいます。協力してください」。応対したみなわ所長、幅[はば]孝行(67)は理解を求めたが、「できるかどうか保証できない」。受話器の向こうの声には怒気さえ漂っていた。
幅は後日、地域住民と意見交換の機会を持った。避難所運営に携わった民生委員からは「特別な対応をすると、その後が不安だった。順番に並ぶ秩序が乱れることを恐れた。特別な対応をしなければならない理由を自分たちでは説明できなかった」と本音が漏れた。被災者一人一人への浸透を狙ったリーフレットも、混乱した避難所では山積みのままになったケースが少なくなかった。幅は「個別対応が必要だという社会的な合意を形成するには、日頃からの積み重ねが大切だ」と振り返る。
熊本地震の避難所でも、列に並べない障害者や家族に配慮して整理券を配布したり、後で直接届けたりするなど工夫をした例もあった。それでも、みなわにもたらされる「SOS」は途切れなかった。
市のサポートを受けたみなわは4月21日、事務所を置く中央区のウェルパルくまもとで独自の物資配布をスタート。そこに、「何か手伝えるかもしれない」と駆け付けたシェアハートの男性メンバー(30)がいた。「発達障害者は人付き合いが苦手な人が多い。自分もそうだから」。苦しい避難生活を強いられる仲間の現実を前に、当事者として「じっとしていられなかった」。男性は、助けを求めてきた人たちに食料や支援物資を渡し続けた。=文中敬称略(小多崇)
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