【あの時何が 被災地障害者センター編③】「合理的配慮」欠けた避難所
県ろう者福祉協会の常務理事、松永朗[あきら](80)は2016年4月14日、八代市であった手話講座の帰途、熊本地震の前震に遭遇した。車内でははっきりとした揺れは感じなかったが、宇城市で路上の亀裂を見つけ、「大地震だと確信した」。熊本市中央区の県庁近くにある事務所へ直行し、県内7支部を通じて会員約450人の安否確認を急いだ。
翌15日は、県手話通訳問題研究会のメンバーらと益城町へ。避難所になった町保健福祉センターなどに入り、ホワイトボードを掲げた。「耳の聞こえない障害者はいませんか」
災害時の情報は極めて重要だ。避難所での食事や物資配布の連絡、必要な手続きなどの情報を欠けば、避難生活の厳しさは一気に増す。本震で被害がさらに拡大すると、松永らは県内外の団体と連携し、避難所を巡回して運営者らに協力を求めた。
松永が各地で訴えたのは「合理的配慮」だった。「避難所でアナウンスしたことは文字にして張り出してほしい」「分かりやすい簡潔な筆談で対応してほしい」。ただ文字情報も、手話を使う人には理解が難しい場合もある。松永は自らの名刺を託し、「手話通訳が必要な人がいたらサポートするので連絡してほしい」と念を押した。
障害者差別解消法は、費用や人手がかかり過ぎない範囲で設備やサービス提供の方法などを整える合理的配慮を、国や自治体に義務付け、民間事業者の努力義務としている。施行は地震直前の16年4月1日。その4年前に「障害のある人もない人も共に生きる熊本づくり条例」を施行した熊本県は、合理的配慮の“先進県”のはずだった。
しかし、聴覚障害者への合理的配慮を図っていた避難所は「残念ながらなかった」。条例の制定時、県内24の障害者団体は「つくる会」を結成。その代表として、世界共通の考え方でもある合理的配慮の必要性を訴えた松永は、障害者の生きにくさを突き付けられる思いだった。
被災地障害者センターくまもとの共同代表も務める松永は振り返る。「被災者同士が交わす言葉は互いを慰め、助け合いにつながる。心の支えになるコミュニケーションの遮断は、被災者を追い詰める。だからこそ合理的配慮が重要だった」
熊本学園大に在学中、学内の避難所支援に当たった熊本市中央区の会社員(23)は、バイト仲間らと小中学校などに物資を届けるボランティアにも携わった。手話を使える会社員は、障害者への思いも深い。訪問先の避難所では、運営側からこんな声を聞いたという。「困っている人がいるけど、どう対応したらいいか分からない」
当時、会社員の無料通信アプリLINE(ライン)には深刻な言葉も届いた。「避難所に行くのが怖い」。聴覚障害のある友人の書き込みだった。=文中敬称略(小多崇)
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