「生かされた」意味、問い続け 南阿蘇・学生村で被災、脚切断の梅崎さん

熊本日日新聞 | 2021年04月16日 10:00

熊本地震で右脚を失う大けがをした梅崎世成さん。現在は畜産会社で乳牛や肉牛の個体情報を管理している=10日、鹿児島県伊佐市

 熊本県南阿蘇村黒川地区の「学生村」で熊本地震に遭い、右脚を失う大けがをした梅崎世成[せな]さん(24)は大学卒業後、鹿児島県伊佐市の牧場で働いている。同じアパートの先輩が犠牲になり、「生かされた命」を意識し始めてから5年。牛のぬくもりに触れ、生きる意味を考えている。

 2016年4月16日。梅崎さんはアパートで就寝中、本震に遭った。東海大農学部(阿蘇キャンパス)に入学したのは2週間前。大牟田市の実家を離れ、1人暮らしを始めたばかりだった。

 2階建てのアパートが崩れる音で目を覚ました。暗闇の中、倒れた本棚に両脚を挟まれて身動きが取れず、救出されたのは約7時間後。長時間の圧迫が急性心不全などを招く「クラッシュ症候群」との診断から右脚切断の可能性を告げられたが、結論を聞かずに麻酔手術を受けた。

 集中治療室で目を覚ますと右脚に痛みのような感覚があり、「脚はあると思った」。数日後、初めて上半身を起こすと、右の太ももから下がなくなっていた。「一瞬で頭が真っ白になった」

 19年間、当たり前にできた事が突然できなくなる。ただ、相手は自然災害。誰にもぶつけようがない怒りを抱え、ベッドの上でもがき苦しんだ。

 考えが変わったのは入院して約3週間たった頃。母親から、同じアパートの男性の先輩が倒壊に巻き込まれ、亡くなったと聞いた。先輩の部屋は同じ1階で、2部屋しか離れていなかった。

 「自分は生かされた」。梅崎さんは生き方も変えようと思った。「明日死んでしまっては意味がない。自分のやりたいことはきょうのうちに、思い切りやっておこう」

 半年と見込まれた入院は、3カ月余りで終わらせた。リハビリに懸命に取り組んだ結果だ。7月に再開された春学期は、録画映像を通じて病院で受講。秋学期からは大学に通い始めた。「休学して友達を失いたくなかった。だから頑張れたのかもしれない」

 復帰した大学では動物行動学を専攻。関心があれば、他学部の授業も受講した。畜産業に貢献したいという気持ちが強まり、鹿児島県南さつま市に本社がある畜産会社「カミチクファーム」に就職。伊佐市の牧場では、乳牛や肉牛計約1200頭の個体情報を管理している。

 踏ん張りが必要な牛の誘導などはできず、右脚の大けががなかったらと思うときもある。しかし、南阿蘇村で学び、暮らしたことを後悔したことは一度もない。「自分の体験を周りに話すことで、熊本地震の記憶をずっと伝えていきたい」(鬼束実里)

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