消えた学生村「寂しい」 熊本地震5年、南阿蘇村で下宿経営していた市原さん 

熊本日日新聞 | 2021年04月14日 07:30

被災前まで「学生村」があった黒川地区。若者の姿はなく、建物を解体する重機の音が響いていた=9日、南阿蘇村

 「学生たちの姿がないのは寂しいけど、これが現実」。熊本地震で崩落したのを機に架け替えられた新阿蘇大橋に近い、南阿蘇村の黒川地区。ここで下宿アパートを経営し、東海大農学部(阿蘇キャンパス)の学生の世話をしていた市原よし江さん(62)が辺りを見渡し、ため息をついた。

 黒川地区は、約800人の若者が暮らし、「学生村」と呼ばれていた。2016年4月の地震は、そこに満ちあふれていた活気を一瞬で奪った。

 市原さんのアパートを含め、地区に約70棟あった下宿は大半が倒壊。阿蘇キャンパスには広範囲に断層が走っていたため、東海大は農学部の移転を決めた。学生も引っ越しを余儀なくされた。

 地震が起きるまで、地区の田畑で収穫されたコメや野菜は下宿の食事に使われた。農繁期は学生がアルバイトで協力。各下宿の学生団体は、地区の防犯パトロールや行事運営の要でもあった。

 下宿経営で生計を立てていた住民の多くも地区外に転出。消防団の分団は人数が足りなくなり、隣の下野地区との合同で何とか活動を維持している。

 市原さんは今、下宿の跡地で弁当を売っている。地区で倒壊を免れたアパートには、新阿蘇大橋の架設に携わる作業員らが入居。弁当も買ってくれたが、橋の開通で作業員も減っているという。

 地震前から南阿蘇村は人口減少に直面していた。地震がそれに拍車を掛けた。村は定住促進課を新設し、空き家の貸し出しに力を入れる。誘致したIT関連の専門学校は22年4月、定員160人で開校予定。村は留学生に黒川地区で暮らしてほしいと考えている。

 ただ、5年を経て、どれだけの住民が下宿を再開するかは不透明だ。市原さんは「少しでも人が増えるのは歓迎」としつつ、「下宿を再開する人は少ないと思う。被災前の地区のようには戻らない」と肩を落とした。

 一方、益城町は地震で減った人口が20年3月から増加に転じた。同時期までに全19団地671戸が完成した災害公営住宅(復興住宅)や再建した自宅に、町外の避難先から戻った住民が多い。

 益城町広崎の自宅が全壊した那須チエ子さん(81)は20年4月、自宅跡から約1キロ離れた復興住宅に入居。町内の賃貸物件が多く被災したため、それまで熊本市のアパートに仮住まいしていた。

 ようやく町内に戻ってきた那須さんだが、復興住宅にはさまざまな地区の住民が入居。区画整理や県道の4車線化が、人口変動にどう影響するかも見通せない。那須さんは「地域のつながりは大きく変わったが、若い世代に少しでも戻ってほしい」と願っている。(堀江利雅)

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