【あの時何が 益城町役場編⑥】避難所改善チーム 6人の船出
2度の震度7が襲った益城町では、ピーク時の本震の翌日(2016年4月17日)に町人口の半数近い約1万6千人が避難した。これは町の地域防災計画が想定する最大の避難者数7200人をはるかに超える。計画に基づき指定していた16カ所の避難所が収容できる数ではなかった。余震への恐怖で屋内避難を敬遠する住民もおり、避難所の駐車場や周辺の空き地は車中泊の車で埋め尽くされた。
「避難所内での撮影行為を禁止します」
本震の翌日、町内の各避難所の入り口に報道機関の取材自粛を求める紙が張り出された。大きな被害を受けた益城町には発生直後から報道陣が押し寄せ、被害の状況や避難者の様子を全国に伝えた。ただ、避難所の中では、カメラを手に朝から夜まで取材を続ける報道陣と住民とのトラブルが絶えなかった。
「落ち着いて避難生活が送れない」「眠れない」「気持ちが休まらない」。災害対策本部には住民からの苦情の電話が相次いだ。張り紙が出た後も報道陣が避難所に殺到。災害対策本部は4月下旬、報道機関の避難所への立ち入り禁止に踏み切る。
避難所運営に当たった政策推進課長の中桐智昭(58)は振り返る。「被災地の現状を報道してもらうことは復旧の後押しになる。ただ、被災者の心情を考えると立ち入り禁止にするしかなかった」
地震発生から約2週間後の4月27日朝。健康づくり推進課長の安田弘人(59)は町長の西村博則(61)から町長室に呼び出された。
「避難所対策プロジェクトチームを発足する。その統括をしてほしい」
まだ、6千人近い住民が避難所に身を寄せている。一方、町職員は約250人しかいない。避難所の運営の効率化と環境の改善が必要だった。後に国や他県の応援職員なども加わって50人規模になるが、栄養士や保健師、社会福祉士などの資格を持つ6人の町職員で組織。各避難所を回って、衛生環境、過密状況、配置された職員を把握することから始めた。
安田はまず各避難所に避難者名簿の作成を依頼した。軒先避難や車中泊を続ける住民の調査は、他の自治体からの応援職員などに協力を求めた。こうした情報を基に救援物資の配分計画を作成した。避難所の住民のプライバシーを守る仕切り板や段ボールベッドの設置など環境改善にも取り組んだ。
「最初は他の職員が何をしているか把握できず、指示系統も機能していなかった。正直、大変な役割を担ったと思った」。町内最後の避難所となった町総合体育館が閉鎖される10月31日まで、安田の悪戦苦闘は続く。(益城町取材班)=敬称略、肩書は当時
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