【あの時何が 益城町役場編①】激震の体育館 住民守った判断
突然、震度7の激震に見舞われた益城町はパニックに陥っていた。
「もう抑えきれません。早くアリーナを開放してください!」
熊本地震の前震から一夜明けた2016年4月15日早朝。益城町役場の災害対策本部に詰める都市計画課長の杉浦信正(59)の元に、町総合体育館から悲痛な訴えが届いた。
町役場から1キロほど南東にある町総合体育館や周辺には、数え切れないほどの住民が押し寄せている。しかし、最も広い1階のメインアリーナは地震で天井板の一部が落下し、立ち入りを禁止していた。ロビーや通路は避難してきた住民であふれ、建物内に入れない人も相次いだ。
「アリーナを開けろ!」
「冷たいコンクリートの上にいつまでおらせるとか!」
余震の恐怖と寒さに震える住民たちが、次第に殺気立っていく。災害対策本部には、耐えかねた現場の職員たちから何度も助けを求める電話が寄せられた。
「余震が続いています。アリーナに住民を入れるのは危険です」
前震直後、町総合体育館の被害状況の確認に走った健康づくり推進課長の安田弘人(59)は、町長の西村博則(61)に報告を上げていた。安田の目にアリーナの天井板や照明は今にも落ちそうに映った。再び大きな揺れが来れば、二次被害を招く恐れがあると感じた。だが、町内の公共施設は、大半が被災している。新たに住民の避難先を確保することは容易ではなかった。
アリーナを開放すべきなのか-。判断を迫られた西村は15日昼前、杉浦とともに現場を視察。被害は前方のステージ側に集中し、後方部分は問題がないように見えた。
「後ろ半分だけでも住民を入れるか?」。西村が問い掛けると、杉浦は答えた。「天井板が落ちるかもしれません。子どもがステージに上がってしまう危険性もあります。ただ、最後は町長の判断です」
14日夜から15日未明にかけ、強い揺れが断続的に襲っていた。悩み抜いた末に西村は決断を下す。
「住民には申し訳ないが、アリーナを開放することはできない」
16日未明、誰も予想しなかった2度目の震度7が町を襲う。アリーナでは1枚約5キロの天井板や、1基約7キロある照明器具のほとんどが落下。それらを支えていた金属枠も落ちて床に突き刺さった。
熊本地震から1年8カ月が過ぎた今も、その光景を思い出すたびに西村の背筋は凍り付く。
「あの時、住民たちを入れていたら、どれほど犠牲が出ていたか分からない」(益城町取材班)=文中敬称略、肩書は当時
◇
熊本地震で2度の震度7を記録した益城町。町内の9割を超す住宅が被災し、ピーク時には約1万6千人が避難所に身を寄せた。未曽有の災害と向き合った町役場の動きをたどった。
*益城町役場編は久保田尚之、後藤幸樹、岩崎健示、浪床敬子が担当します。
RECOMMEND
あなたにおすすめPICK UP
注目コンテンツTHEMES
熊本地震-
社会的弱者への配慮、平時から 障害、性的少数者、外国人…災害時に不平等感拡大 熊本市で「ぼうさいこくたい」
熊本日日新聞 -
震災被災の宇土櫓、骨組みだけに 熊本城保存活用委が視察、復旧状況を確認
熊本日日新聞 -
熊本県内2キャンパス、アピール強化と既存建物の見直しを 東海大新総長に就任した松前義昭氏に聞く
熊本日日新聞 -
地震で被災の本堂、修復完了 稚児行列で祝う 宇城市の光照寺
熊本日日新聞 -
熊本地震の横ずれ断層「恐ろしかった」 海外の高校生250人が益城町など見学
熊本日日新聞 -
熊本開催の「ぼうさいこくたい」閉幕 ワークショップ、シンポ…災害対策、教訓伝承学ぶ
熊本日日新聞 -
熊本市議会の自民会派4分裂、合流へのステップ!? 市役所建て替え巡り事態悪化 早期合流には「冷却期間必要」の声
熊本日日新聞 -
熊本など4弁護士会、災害時の法的課題共有 協定に基づき熊本市で会合
熊本日日新聞 -
ヴォルターズ新加入選手、熊本地震学ぶ 23日に益城町で愛媛戦「復興の力に」
熊本日日新聞 -
雁回山登山道 住民ら歩き初め 「城南コース」が8年ぶり開通
熊本日日新聞
STORY
連載・企画-
移動の足を考える
熊本都市圏の住民の間には、慢性化している交通渋滞への不満が強くあります。台湾積体電路製造(TSMC)の菊陽町進出などでこの状況に拍車が掛かるとみられる中、「渋滞都市」から抜け出す取り組みが急務。その切り札とみられるのが公共交通機関の活性化です。連載企画「移動の足を考える」では、それぞれの交通機関の現状を紹介し、あるべき姿を模索します。
-
学んで得する!お金の話「まね得」
お金に関する知識が生活防衛につながる時代。税金や年金、投資に新NISA、相続や保険などお金に関わる正しい知識を、しっかりした家計管理で安心して生活したい記者と一緒に、楽しく学んでいきましょう。
※次回は「損害保険」。11月14日(木)に更新予定です。