熊本地震からの復興、全国に届けたい NHKアナウンサー・武田真一さん(熊本市出身)

熊本日日新聞 | 2021年04月16日 19:00

被災した熊本城の前に立つNHKの武田真一アナウンサー=2016年末(武田さん提供)

 「熊本県は私の古里です。私と同じように古里の人たちを思っている全国の皆さん、不安だと思いますけれども、力を合わせて、この夜を乗り切りましょう」-。熊本地震の「本震」が起きた2016年4月16日の夜、熊本市出身のNHKアナウンサー武田真一さん(53)は番組でそう語り掛けた。あの日から5年。復興に向けて歩む故郷への思いをオンラインで聞いた。(浪床敬子、園田琢磨)

 前震が起きたことを知ったのは、ニュース番組を終えて帰宅し、ソファに座ってビールでも飲もうかなと思っていた時でした。「熊本で震度7」というテレビニュースの文字が目に飛び込んできて、わが目を疑い、思わず「7!」と叫びました。

 一番心配だったのは高森町に一人で暮らす母のことです。弟たちと連絡を取り合い、安否を確認しながらタクシーに飛び乗り、職場に向かいました。間もなく母の安否は確認できましたが、熊本市東区に住む妻の両親とはなかなか連絡が取れず、身内の安否が分からないまま過ごした数時間は身の凍る思いでした。

 熊本城が大きな被害を受け、帰省のたびに通っていた阿蘇大橋が落ち、高校時代にテニス部で合宿していた東海大阿蘇キャンパスや、毎年初詣に行っていた阿蘇神社が被災した姿を見た時は、自分の心が傷つけられる感じでした。東日本大震災の被災地などでも胸が痛くなる思いを何度もしましたが、よく知っている地域が傷ついた姿に思い出が次々と浮かび、やり切れない思いでした。

■希望抱きながら

熊本地震の本震で倒壊した阿蘇神社の拝殿=2016年4月16日、阿蘇市

 地震後、初めて熊本に帰ったのは本震の数日後だったと思います。高森町の実家はそれほど大きな被害はありませんでしたが、妻の実家は座敷の砂壁が崩れ、家具が倒れ、大きな窓のサッシ2枚が外に飛んでおり、住める状態ではありませんでした。

 年老いた両親はここでどうやって暮らせばいいのか、熊本に戻って一緒に暮らさなければいけないのか、それまで歩んできた人生を大きく変えなくてはいけないのか、大きな不安と絶望のようなものを感じたことを覚えています。窓が二つ飛んだだけでこれほど大きな不安を感じるわけで、家が倒壊したり、大切な人を失ったりした人は、どうやって生きる希望や力を得ていくのだろうと思ったものです。

 阿蘇大橋のたもとにあったレストランの男性経営者と取材で知り合い、定期的に訪ねました。阿蘇大橋が落ちたことで人や車の流れが変わり、店の再建のめども立たない中、わずかな希望を抱きながら少しずつ前に進もうとされる姿に胸を打たれました。仮設暮らし、自宅の再建、店の再建、そしてコロナ。「本当に少しずつ、少しずつです」という男性の言葉に重みを感じ、一歩ずつ前に進む大変さを痛感しています。

■いつも気に掛け

熊本地震で崩落した阿蘇大橋=2016年9月、南阿蘇村

 時がたつにつれて、熊本地震について大きく報じられることが少なくなってきました。全国的な報道機関にいる者として忸怩[じくじ]たる思いがあります。4月から大阪で夕方の番組を担当していますが、熊本のことは、やはり自分が伝え手の一人となってしっかり伝えていかなければと思っています。

 災害報道を通じて感じるのは、いち早く注意を呼び掛ける減災報道が最も大事だということです。第一報を伝えるアナウンサーの声の力は大きいと思います。この声が届けば、多くの命が救われ、大けがをするところが軽傷で済むかもしれません。

 しかし、復興については、いくら報道で言葉や情報を伝えても、誰かが瓦礫[がれき]を片づけないと進みません。自宅を片付けて、修繕し、暮らしを建て直し、職場も再建するという日々の作業の尊さを痛感します。熊本の皆さんが一つ一つ、手足を汚しながら力を尽くしていらっしゃる復興の営みを伝えていくことが大事だと思います。

 熊本は私の人格、命を育んだ場所で、これ以上特別な場所はありません。高校生の頃、よく友だちと自転車に乗って街(熊本市中心部)に遊びに行ってましたが、大甲橋を渡っていると、路面電車が走ってきて、ビルの屋上の大きな看板や熊本城の天守閣が見えてきます。あの風景を思い出すたびに、ホームタウンという思いがよみがえります。今は「赤橋」ではなくなりましたが、阿蘇大橋もいろんな記憶が詰まっている特別な所です。

 傷ついた熊本に帰って貢献するという方法もありますが、今はそれぞれの歩幅で歩いている熊本の方々の姿を全国に届けることが、故郷に対する貢献の仕方だと思っています。

 そんなことが何になるんだと思われる方もいるかもしれません。ただ、私のように故郷を離れて暮らす友人たちに、一歩ずつ前に進もうとしている熊本の姿を伝えることで、熊本を思う気持ちが広がっていけばと思うんです。熊本の皆さんには、ゆかりのある人たちがいつも熊本のことを気に掛けているんだとお伝えしたい。

 担当していたNHKの番組「クローズアップ現代+」の最後の出演でも言いましたが、皆さんの声を自分の心に浸して、その波紋を全国に伝えたいと思っています。そのことによって、一日でも早く、熊本の皆さんが身が軽くなる思いをされるよう努力していきます。

◇たけた・しんいち 1967年、熊本市出身。熊本高、筑波大卒。90年に入局し、初任地は熊本放送局。2017年4月から「クローズアップ現代+」のメインキャスターになり、同年6月にエグゼクティブ・アナウンサー。21年4月からは大阪放送局で「ニュースきん5時」などを担当。妻は高校の同級生。

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