多様な家庭「当たり前に」【「家族」を超える 親と子の視点で③】
「パパ、馬跳び! もっと高くして」。県内に住むヨウコさん、トオルさん夫婦(いずれも40代、仮名)の長男、ハルト君(仮名)の声が家中に響いた。かがんだ父を軽く飛び越え、すかさず縄跳びを始める。動くたびに「ママ! 見てて!」。ヨウコさんは笑顔で返す。「いつも、見てるよ」
夫婦は数年前、慈恵病院(熊本市西区)の「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」に預けられたハルト君と特別養子縁組を結んだ。児童相談所から経緯を伝えられたが、「ちゃんと育てられるかな」という心配の方が大きかった。
顔を初めて見た時、ヨウコさんは「この子なんだ…」となぜか戸惑った。不妊治療の末、養子縁組を選択。心待ちにした対面にうれしい半面、ピンと来ず、「まだ母性が目覚めていなかった」と振り返る。
その後、乳児院に通い一緒の時間を重ねた。ハルト君は人見知りし始めた時期。慣れ親しんだ職員と離れると激しく泣いた。職員から「そういう時は思いきり抱っこして」と助言を受けたヨウコさんは、すぐに抱っこひもを買った。宿泊体験で自宅に連れ帰っても大泣き。「どうしよう、無理なのかな」とくじけそうだった。
翌朝、乳児院に連れ戻し、帰ろうとするヨウコさんを、ハルト君は初めて後追いした。「やっとなじんでくれた」。後にトオルさんは、乳児院での母子の写真をはったアルバムに「ママの頑張りに感謝」という言葉を添えた。
約2カ月半後、里親委託が決まり親子3人の生活が始まった。ヨウコさんは自宅でもずっと抱っこやおんぶをして過ごした。「ハルも私たちを求めるようになり、本当にかわいいかわいいって」。その後、特別養子縁組も成立し、戸籍に子どもの名前が並んだ。「やっと本当の家族になれた」と感じた。
ハルト君は現在、保育園に通う。規則正しい生活を送り、身長もどんどん伸びた。活発なわが子に振り回されながら、トオルさんは「元気な声が聞こえる毎日。これが家族なんだな」と目を細める。
ただ生みの親や、「ゆりかご」に預けた人物は全く分からない。当初ヨウコさんは「親が分からなくてよかった。母が私1人というのが気が楽だ」と感じた。しかし、わが子が成長するにつれ「いずれ出自を知りたがるだろう。でも、探そうにも探せない」と複雑な思いを抱える。
トオルさんも自作の絵本で、ハルト君に「ゆりかご」の事実を伝え始めているが、子ども本人が肯定的に受け止めるかどうか、不安は尽きない。ハルト君と外見が似てないことから、保育園の保護者にどう見られているか気になるという。
就学後も気がかりだ。「学校に上がれば、生まれた時の写真を提出する宿題があるかもしれないが、ハルにはない。今はいろいろな家庭があるのに」とヨウコさん。親が育てられない子どもを家庭や施設で受け入れる社会的養護が、もっと当たり前になってほしいと願う。(「ゆりかご15年」取材班)
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