出自の開示、運用見えず<ゆりかご15年>連載 第6部⑦

熊本日日新聞 2023年2月3日 10:20
ベビークラッペについて説明するベルク看護師長=2022年11月、ドイツ・ハーナウ
ベビークラッペについて説明するベルク看護師長=2022年11月、ドイツ・ハーナウ
ドイツの出自証明書。上の証明書に母親の本名を書き、下の封筒には仮名を記す。手書きで「見本」と書いてある
ドイツの出自証明書。上の証明書に母親の本名を書き、下の封筒には仮名を記す。手書きで「見本」と書いてある

 「名乗る必要はありません。あなたは仮名で話すことができます。あなたの質問に答え、次のステップに導きたいと思っています」。フランクフルト(ドイツ)の西に位置するウィースバーデンにある4カ所の妊娠葛藤相談所が、内密出産を望む女性たちに渡す書類にはこう書いてある。

 女性たちは、本名と生年月日、住所を記した出自証明書にサインし、封をして残す。表には、対応した妊娠葛藤相談所やドイツ家族省が女性の仮名、子どもの名前や生年月日などを記入し、封筒は同省が保管。子どもが16歳になれば、開示を求めることができる。

 ただ、一律に開示するかどうかは、現時点では決まっていない。封筒の表には、母親が開示に同意しているかどうかを書き込む欄がある。母親は開示しない選択もできる。内密出産制度が導入されたのは2014年。生まれた800人以上の子どもは、まだ誰も開示できる年齢に達していない。

 ウィースバーデンの妊娠葛藤相談所「ドーヌム・ビテ」のメラーさんは、出自を知りたい子どもが連絡を取ってくることを予想しているが、「われわれ自身も分からないことが多い」と明かす。「養子縁組を調整する機関が主に対応するのではないか。出自を開示するかどうかも、家庭裁判所などが判断するのだろう」

 同国の内密出産に詳しい千葉経済大短期大学部の柏木恭典教授は「どれほどの開示請求があるか分からず、母子の意見が対立するかもしれない部分はある。しかしそれを『法の不備』と捉えず、目の前にいる困難を抱える母子を救うことを選んだ」と解説する。

 2000年に民間団体が始めたベビークラッペ(赤ちゃんポスト)の取り組みも法的根拠はなく、賛否は分かれる。09年、ドイツ倫理審議会は「子どもの出自を知る権利が保障されていない」として廃止を勧告。その後、内密出産を法制化した。

 フランクフルトの東、ハーナウにある病院「セントビンセント・クランケンハウス」。正面玄関の奥、少し目立たない場所にクラッペがある。21年間で24人の赤ちゃんが預けられ、2人が生みの親の元に返っていった。過去30年で匿名で5人ほどが出産し、内密出産の事例はない。

 運営団体のヘレンブランドさんは「匿名出産もクラッペも、法は認めないだろう。ただ22年間、反対しないということは、認めていることと同じ」。ドイツ青少年局とも協力し合っているといい、「無法地帯ではない」と強調する。

 同病院のベルク看護師長は、匿名性を守ることで「早い段階からの相談につなげ、ぴったり合った支援を示すことができる」と話す。クラッペや内密出産は、「子どもが寒空の下で亡くならないための、最後の受け皿」だと位置付けている。(「ゆりかご15年」取材班)

RECOMMEND

あなたにおすすめ
Recommend by Aritsugi Lab.

KUMANICHI レコメンドについて

「KUMANICHI レコメンド」は、熊本大学大学院の有次正義教授の研究室(以下、熊大有次研)が研究・開発中の記事推薦システムです。単語の類似性だけでなく、文脈の言葉の使われ方などから、より人間の思考に近いメカニズムのシステムを目指しています。

熊本日日新聞社はシステムの検証の場として熊日電子版を提供しています。本システムは研究中のため、関係のない記事が掲出されこともあります。あらかじめご了承ください。リンク先はすべて熊日電子版内のコンテンツです。

本システムは「匿名加工情報」を活用して開発されており、あなたの興味・関心を推測してコンテンツを提示しています。匿名加工情報は、氏名や住所などを削除し、ご本人が特定されないよう法令で定める基準に従い加工した情報です。詳しくは 「匿名加工情報の公表について」のページ をご覧ください。

閉じる
注目コンテンツ
こうのとりのゆりかご