出自の開示、運用見えず<ゆりかご15年>連載 第6部⑦


「名乗る必要はありません。あなたは仮名で話すことができます。あなたの質問に答え、次のステップに導きたいと思っています」。フランクフルト(ドイツ)の西に位置するウィースバーデンにある4カ所の妊娠葛藤相談所が、内密出産を望む女性たちに渡す書類にはこう書いてある。
女性たちは、本名と生年月日、住所を記した出自証明書にサインし、封をして残す。表には、対応した妊娠葛藤相談所やドイツ家族省が女性の仮名、子どもの名前や生年月日などを記入し、封筒は同省が保管。子どもが16歳になれば、開示を求めることができる。
ただ、一律に開示するかどうかは、現時点では決まっていない。封筒の表には、母親が開示に同意しているかどうかを書き込む欄がある。母親は開示しない選択もできる。内密出産制度が導入されたのは2014年。生まれた800人以上の子どもは、まだ誰も開示できる年齢に達していない。
ウィースバーデンの妊娠葛藤相談所「ドーヌム・ビテ」のメラーさんは、出自を知りたい子どもが連絡を取ってくることを予想しているが、「われわれ自身も分からないことが多い」と明かす。「養子縁組を調整する機関が主に対応するのではないか。出自を開示するかどうかも、家庭裁判所などが判断するのだろう」
同国の内密出産に詳しい千葉経済大短期大学部の柏木恭典教授は「どれほどの開示請求があるか分からず、母子の意見が対立するかもしれない部分はある。しかしそれを『法の不備』と捉えず、目の前にいる困難を抱える母子を救うことを選んだ」と解説する。
2000年に民間団体が始めたベビークラッペ(赤ちゃんポスト)の取り組みも法的根拠はなく、賛否は分かれる。09年、ドイツ倫理審議会は「子どもの出自を知る権利が保障されていない」として廃止を勧告。その後、内密出産を法制化した。
フランクフルトの東、ハーナウにある病院「セントビンセント・クランケンハウス」。正面玄関の奥、少し目立たない場所にクラッペがある。21年間で24人の赤ちゃんが預けられ、2人が生みの親の元に返っていった。過去30年で匿名で5人ほどが出産し、内密出産の事例はない。
運営団体のヘレンブランドさんは「匿名出産もクラッペも、法は認めないだろう。ただ22年間、反対しないということは、認めていることと同じ」。ドイツ青少年局とも協力し合っているといい、「無法地帯ではない」と強調する。
同病院のベルク看護師長は、匿名性を守ることで「早い段階からの相談につなげ、ぴったり合った支援を示すことができる」と話す。クラッペや内密出産は、「子どもが寒空の下で亡くならないための、最後の受け皿」だと位置付けている。(「ゆりかご15年」取材班)
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熊本市出身。早回しの歌に乗せた形態模写やデフォルメの効いた顔まねでデビューして45年。声帯模写も身に付けてコンサートや座長公演、ドラマなど活躍の場は限りなく、「五木ロボ」といった唯一無二の芸を世に送り続ける“ものまね界のレジェンド”です。その芸の奥義と半生を「ものまね道」と題して語ります。