内密出産対応、共感が鍵<ゆりかご15年>連載 第6部⑥

2019年、ドイツ中部・ウィースバーデンの妊娠葛藤相談所「ドーヌム・ビテ」をトルコ人女性が訪ねてきた。妊娠22週。学校で働いていた。
「だれにも言えず困っています」。トルコの伝統的な家族観から、未婚の母になることができなかった。相談所のことは、バスの中に貼られた広告で知ったという。
相談に当たったシュトルングさんは「一番のプライオリティー(優先事項)は、家族に知られないこと。比較的珍しいケースだが、頻繁に来てくれた。おかげで、ゆっくり考える時間ができた」。養子縁組も考えたが、出生証明書に名前が残るためできない。女性は相談機関にだけ本名を明かし、病院で匿名で出産する「内密出産」を選んだ。ドイツが14年に導入した制度だ。
女性はシュトルングさんともう1人の相談員にだけ、本名を告げた。身元を知られないよう、出産や養子縁組の調整は、仮名で電車で1時間ほど離れた大都市フランクフルトで行った。
フランクフルトでは、相談員が女性の趣味や好きなこと、どんな勉強が得意か、持病があるかなど、丁寧に聞き取った。生まれてくる子どもにとっては将来、大切な情報となるからだ。女性の希望にかなう養父母も見つかった。
女性は無事に女の子を出産。名前を付け、新しい家族にも伝えた。シュトルングさんは出産後に1度、会うことができた。その後、女性から連絡はないが、養父母は「子どもは幸せに暮らしている」と、生みの母へのメッセージを残している。
ドーヌム・ビテではこれまで、3人の内密出産と、名前を最後まで明かさない1人の匿名出産に対応してきた。シュトルングさんは「このような出産を選ぶ女性たちは、精神的に極限状態にある」と力を込める。あるケースでは、内密出産後に記憶が抜け落ちてしまった女性もいたという。
ドイツでは2000年、親が育てられない子どもを匿名で預かる「ベビークラッペ(赤ちゃんポスト)」を民間団体が設置。全国に広がり、現在は約90カ所に設置されている。
ただ、子どもの出自が分からなくなり、自宅などで産む孤立出産の危険もあることから、国は内密出産を法制化。ベビークラッペや、それ以前から実施例があった匿名出産は、現在も法律上は認められていないが、黙認状態という。
相談機関にたどり着く女性たちの心の内は複雑だ。自分が産んだ赤ちゃんを見たいのか、抱っこしたいのか、会いたくないのか-。「一つのケースには当てはめられない。繊細に願いを聞いていく必要がある」。シュトルングさんは言う。「女性たちとの絆をつくり、保つためには、共感が重要。そのためには無理やり聞いてはいけない」。細やかな心配りが欠かせない。(「ゆりかご15年」取材班)
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熊本市出身。早回しの歌に乗せた形態模写やデフォルメの効いた顔まねでデビューして45年。声帯模写も身に付けてコンサートや座長公演、ドラマなど活躍の場は限りなく、「五木ロボ」といった唯一無二の芸を世に送り続ける“ものまね界のレジェンド”です。その芸の奥義と半生を「ものまね道」と題して語ります。