「匿名」の事実伝え続け<ゆりかご15年>連載 第6部②
6年前、パリ近郊の養子縁組事務所を通じてナシム君(7)を家族に迎えたキャティ・ヤブカさんには、受け入れ初日から決めていたことがある。匿名出産で生まれた事実を、幼いうちから伝えることだ。「養子ということは彼の人生の一部。私が勝手にねじ曲げることも、うそをつくこともできない。彼はその現実の上で(人生を)築いていかねばならない」
ナシム君の生みの親は、暮らしが不安定だったことを理由に、「前向きな選択」として匿名出産を決めた。「そこまで事情が複雑ではなく、子どもに話せる内容」とキャティさんは受け止め、ナシム君に話す時は、カンガルーの親にウサギの子どもがいる絵本を使った。「自分と母親が似ていない、自分と違うところがある。そういった疑問に答えられるようにした」
ナシム君が2歳の時、「本当はママのおなかから出てきたんでしょ?」と繰り返す時期があったという。そう思いたい時期だったのか。夫は真実を伝えることに戸惑いを感じていたが、キャティさんはあえて真実を伝え続けた。だからこそ、息子が「『おなかのママ』に、いつか会うことができる?」と問いかけてきた時は、「その時は手伝うからね」と伝えている。
生みの親は多くの品々を残していった。赤ちゃん用の布団、パジャマ、よだれかけ…。今は全部「思い出の箱」に大切にしまってある。「息子は定期的に中身を確認していますよ」とキャティさん。
生みの親が見つかるかどうか、実際は分からない。そのことも含め、「子どもには答えを見つける必要がある。それが自然なこと」だと考えている。ナシムという名前は生みの親が付けた。普段使う名前は別にあり、ナシム君は「2番目の名前」として誇らしく使うこともあるという。
匿名出産で絆をつなぐ家族支援に取り組むパリ市のファニー・コーエン医師(小児精神科)は、「フランスでは、実母が多くのことを子どもに残すことが大事にされる」と話す。養子縁組した時に書き換えられる可能性はあるが、子どもの名前を残すこと、手紙を書くこと。どんな家族の中で育ったのか、父親とどうやって出会ったのか、匿名でも残せる情報が心の安定につながる。
コーエン医師は「子どもの人生は白紙から始まるわけではなく、(養親と出会う前の)歴史がある。(養親を)他人だと感じていることを養親は認めるべきだ」と指摘する。「だからといって、本当の親になる資格がないと感じるべきではない。子どもの歴史を養親が話すことで、ある日、子どもの方から、本当の親と認める時がくる」(「ゆりかご15年」取材班)
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