「出自」管理の責任、どこに <ゆりかご15年>連載 第5部「知られず産みたい 『内密』の波紋」⑦
内密出産では、妊婦は病院の一部の関係者にのみ身元を明かして仮名で出産し、母親が残した「身元情報」が将来、子どもに開示される。「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」で課題となっている子どもの出自を知る権利を担保するための仕組みだが、管理や開示の手法については不透明なままだ。
「お母さんは、顔写真付きの学生証と保険証のコピーを残しました」。1月4日。国内初の事例を公表した慈恵病院(熊本市西区)の蓮田健院長は、女性の身元情報の入った封筒を掲げて見せた。
国は9月末に示したガイドライン(指針)で、身元情報として氏名、住所、生年月日を挙げ、「永年保存が望ましい」と明記。これらの情報に加え、運転免許証など公的身分証の写しや本籍、血液型、職業、健康状態・既往歴などの情報を病院で管理することを求めた。情報の開示時期や管理の方法などについては病院に一任。具体的な保管や開示の手順についても示さなかった。慈恵病院が公表した7例では、学生証や健康保険証、運転免許証、マイナンバーカードなどのコピーが残されているという。
内密出産や赤ちゃんポストの問題に詳しい奈良大の床谷文雄教授(家族法)は「個人経営の病院や小規模な団体でセンシティブな情報を永年管理するには負担が大きすぎる。安全な形で保管できるのか」と不安視する。医療現場からも、「閉院などで情報が消失してしまう恐れがある」と危惧する声が上がっている。
実際に、情報を管理していた民間団体が管理能力を失うケースも。特別養子縁組のあっせんをしていたベビーライフ(東京)は2020年7月、突如廃業し、当時は子どもの出自情報の行方が問題となった。
東京都は団体に、保有する縁組の情報を都に渡すよう指導したが、一時は団体の代表と連絡が取れなくなるなど引き継ぎは難航した。今年2月に団体から追加で資料が送られてきたが、「これが情報の全てだという裏付けはない。失われたデータがあるかもしれないが、確認のしようがない」と都育成支援課。都は団体に代わり養親からの問い合わせ窓口となっているが、全てのケースに答えられるわけではないという。
特別養子縁組や施設で育つ子どもの記録管理を研究する目白大(東京)の阿久津美紀助教は「廃業後に引き継ぐ情報の規定もなく、法のはざまで責任の所在がうやむやになっている。情報の範囲を明確にしておく必要がある」と指摘する。
指針では、受け入れ病院で情報を管理できなくなった場合は他の病院へ引き継ぐと規定。行政が引き継ぐ可能性について、厚生労働省は「検討には相当な時間がかかる」と後ろ向きだ。
慈恵病院が参考にするドイツでは、匿名で出産した母親の身元情報は国の機関が管理。子どもは16歳になると、親の名前などを開示請求できる。匿名出産を導入するフランスでも、出自情報は国が厳重に管理している。阿久津助教は「指針はぼんやりとした内容で、拘束力もない。記録の管理は子どもの出自を知る権利を保障するための根幹だ。基礎データを集約して一元化するなど、民間に負荷をかけるのではなく国が責任をもって管理していくべきだ」と訴える。(「ゆりかご15年」取材班)
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