養育環境の安定 未知数 <ゆりかご15年>連載 第5部「知られず産みたい 『内密』の波紋」⑥
「内密出産」の1例目から半年以上が過ぎた7月。慈恵病院(熊本市西区)の蓮田健院長は会見を開き、「赤ちゃんが特別養子縁組を前提とした里親に託されることが決まった」と報告した。
周りに妊娠を知られたくない女性が病院職員にだけ身元を明かす内密出産。子どもは市が保護し、最善の養育先を決める。1例目の女性は子どもを特別養子縁組に託したいと望んでいた。蓮田院長は喜びながらも、「2例目以降はさらに速やかに特別養子縁組の手続きを進めてほしい」と熊本市に注文を付けた。
市は「家庭での養育と同様の環境に向け、見通しが立った」としたが、具体的な養育先を明らかにしていない。養育先にとっては、新しい家族を迎え入れるデリケートな時期。市の担当者は「注目されると負担になる」と漏らした。
特別養子縁組は、普通養子縁組と異なり戸籍上も実の親子関係を結ぶ制度で、子どもの対象年齢は原則15歳未満。縁組成立は家庭裁判所が審判し、実親の同意や養親と子どものマッチングなどが審理の対象となる。養親となる人の下で、審判までに6カ月以上の試験養育も必要だ。
国は9月末に示した内密出産のガイドライン(指針)で、生まれた子どもについて特別養子縁組の活用を求めた。条件の一つである実親の同意に関し、内密出産は「父母が意思を表示できない」状態に当たるとしている。ただ、行政の指針に対して司法がどう判断するかについて、熊本市児童相談所(児相)は「全く分からない」と話す。
慈恵病院が2007年から取り組む「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」に預けられた子どもに対しても、「できるだけ早い時期から家庭的な環境で養育されることが、人格形成の上で望ましい」として、特別養子縁組が進められてきた。
有識者でつくる市の専門部会がまとめた「中期的検証」によると、19年度までに預けられた155人のうち、半数近い71人は特別養子縁組が成立。ただ、報告書では子どもが身元不明の場合、「縁組成立までに時間がかかることがある」と指摘されている。
家庭裁判所の審判には、縁組の必要性を判断する第1段階と、養親となる人がふさわしいかどうかを審理する第2段階がある。養子縁組のあっせん機関ベアホープ(東京)の赤尾さく美理事は「第1段階は児相所長が申し立てることになるだろう。申し立てをすれば縁組が成立するかどうかのハードルは高くないと思うが、戸籍に関わることを簡単に進めていいのか、申し立てに踏み切るタイミングの判断は難しいのではないか」とみる。
内密出産を希望した女性の中には、相談員とのやりとりを続けるうちに心境が変化したケースもあった。昨年11月には、匿名での出産を強く希望した女性がその後、身元を明かして自分で育てることを選択している。赤尾理事は「後になって、実親が『子どもを返してほしい』と言ってくるようなトラブルが起きる恐れもあり、いつまでなら翻意できるのかといった線引きが必要だ」と懸念する。
内密出産で特別養子縁組が成立した事例はまだ明らかになっていない。長期にわたり安定的な養育環境が保たれるのかも未知数だ。(「ゆりかご15年」取材班)
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