出産間際 危険はらむ移動<ゆりかご15年>連載 第5部「知られず産みたい 『内密』の波紋」②

「内密出産」を希望する女性の中には、出産間際に新幹線を利用した長距離移動の末、慈恵病院(熊本市西区)にたどり着くケースが少なくない。「おなかの張りがひどい。意識もとびとび」。病院が受け取ったあるメールも、新幹線で熊本に向かう途中の女性からだった。
病院で待つ蓮田健院長は途中下車し、近くの病院を受診するよう勧めたが、連絡は一時途絶えた。蓮田院長は新生児相談室長と共にJR博多駅まで迎えに急ぎ、無事に女性と合流した。移動中に急にお産が進めば、母子共に危険だったケースだ。
内密出産は、周囲に妊娠を知られたくない女性に、匿名性を担保することで、病院で安全に出産してもらうのが狙いだ。公表された7例はいずれも県外に住む女性。妊娠を隠したいために妊婦健診を受けず、臨月になって病院に向かう「飛び込み出産」に近い状態が目立つ。
「陣痛が始まったかもしれない」「しゃがんだり立ったりして、耐えている」。車中からの女性たちの訴えは切迫しているという。JR熊本駅に着いた時には歩けない状態で、車いすに移された女性や、来院して約20分後に出産したケースもあった。
結果的に7例は全て無事に病院で出産し、母子共に異常はなかった。ただ、今後事例が増えれば、高度な医療が受けられる熊本市民病院や熊本大病院に搬送される可能性も考えられる。
中央区の福田病院では2019~22年、計6人の飛び込み出産を受け入れた。いずれも妊婦健診を受けておらず、早産は4人、手術となる帝王切開が3人。ある40代女性は受診時の最高血圧が220を超えており、赤ちゃんの状態も悪く、緊急帝王切開になった。徒歩で外来を訪れ、「赤ちゃんの手が出ている」と訴えた30代女性も。生まれた赤ちゃんの手は、ぱんぱんに腫れていたという。
「未受診は赤ちゃんに対するネグレクト(育児放棄)だ」と河上祥一院長は憤る。「内密出産が広がれば、飛び込み出産も増えるのではないか。まずは匿名性をある程度確保して、出産前に妊婦健診を受けてもらう体制づくりが必要だ」と主張する。
国は9月末、内密出産を受け入れる病院や自治体の対応を示したガイドライン(指針)を公表した。全国で内密出産に取り組む病院が増えれば、妊婦が長距離移動する危険は少なくなるが、広がりは未知数だ。指針には、未受診や妊婦の長距離移動時の具体的対応は示されていない。
親が育てられない子どもを匿名でも預かる慈恵病院の「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」では、自宅や車中などで「孤立出産」をして預け入れたケースが約半数に上る。こうした孤立出産を防ぐ目的で導入された内密出産だが、現状は母子も病院も綱渡りの状況が続いている。
蓮田院長は妊婦の長距離移動などを危惧しながらも、受け入れなければならない現状を訴える。「女性たちを拒むと、どこかで出産して赤ちゃんの口をふさぐかもしれない」。内密出産を希望する女性からの相談は今も絶えない。(「ゆりかご15年」取材班)
RECOMMEND
あなたにおすすめPICK UP
注目コンテンツTHEMES
こうのとりのゆりかご-
みんなが幸せになれる社会に 「子ども大学くまもと」理事長の宮津航一さん(21)【思い語って】
熊本日日新聞 -
「ゆりかご」など出自を知る権利検討会、3月21日に報告書公表へ 出自情報の保存や開示方法など
熊本日日新聞 -
「子ども大学」2年目の第1回講義、3月2日に崇城大で 「ゆりかご」の宮津さん理事長
熊本日日新聞 -
内密出産、法制化の課題探る 国会議員ら東京で勉強会
熊本日日新聞 -
「ゆりかご」など出自を知る権利検討会の報告書、25年3月に公表延期 「さらに議論深める」
熊本日日新聞 -
「内密出産」初事例から3年で計38件に 九州以外が6割超 熊本市の慈恵病院
熊本日日新聞 -
妊娠悩み相談は計2113件 熊本県や市、慈恵病院の24年度上半期 「思いがけない妊娠」が最多
熊本日日新聞 -
「ゆりかご」一定の匿名性を容認 熊本市の専門部会、慈恵病院の質問状に回答
熊本日日新聞 -
「ゆりかご」や内密出産の出自情報開示、18歳目安に検討 「知る権利」検討会が最終会合 12月末までに報告作成へ
熊本日日新聞 -
母親の情報開示を巡り議論 熊本市の慈恵病院で第10回検討会、年内にも報告書とりまとめ
熊本日日新聞
STORY
連載・企画-
移動の足を考える
熊本都市圏の住民の間には、慢性化している交通渋滞への不満が強くあります。台湾積体電路製造(TSMC)の菊陽町進出などでこの状況に拍車が掛かるとみられる中、「渋滞都市」から抜け出す取り組みが急務。その切り札とみられるのが公共交通機関の活性化です。連載企画「移動の足を考える」では、それぞれの交通機関の現状を紹介し、あるべき姿を模索します。
-
コロッケ「ものまね道」 わたしを語る
ものまね芸人・コロッケさん
熊本市出身。早回しの歌に乗せた形態模写やデフォルメの効いた顔まねでデビューして45年。声帯模写も身に付けてコンサートや座長公演、ドラマなど活躍の場は限りなく、「五木ロボ」といった唯一無二の芸を世に送り続ける“ものまね界のレジェンド”です。その芸の奥義と半生を「ものまね道」と題して語ります。