「どうか幸せに…」女性が残した手紙<ゆりかご15年>連載 第5部「知られず産みたい 『内密』の波紋」①

「かわいくて、いとおしくて大好き」「一生の宝物」「どうか幸せに過ごして」「うまれてきてくれてありがとう」
慈恵病院(熊本市西区)が国内で唯一取り組む「内密出産」。赤ちゃんを産んだ女性たちが残した手紙には、わが子への素直な思いがつづられているという。
母親が養子縁組を希望するため、出産後に母子は離れ離れになる。自ら育てられない申し訳なさや、自身が望む子どもの名前の由来、病院で一緒に過ごした日々の思い出-。病院はこれまでに7例の内密出産があったことを公表した。求めに応じ、全ての母親が子どもへのメッセージを病院に託している。
「匿名を希望する女性が出産しました。病院内では仮名で過ごし、彼女の身元を知っているのは新生児相談室長だけです」
2022年が明けて間もない1月4日。慈恵病院(熊本市西区)の蓮田健院長は、後に国内初の内密出産となる事例を集まった報道陣に告げた。「自分で育てるか、本人の心は揺れています。赤ちゃんに対する愛情が深い方です」。蓮田院長は母親の心情を代弁した。
昨年11月中旬、西日本在住の未成年の女性から、病院に〝SOS〟のメールが送られてきた。「親との関係が悪く、妊娠を知られたら縁を切られる。パートナーも暴力をふるうので、赤ちゃんを虐待しかねません」。女性の様子について、対応した蓮田真琴室長は「親が過干渉で、支配されているようだった。一方で、親のことは大好きなようだ」と振り返る。
病院とのやりとりを重ね、12月末の熊本に来る当日の午前中に、出血が始まった。移動の新幹線の中で陣痛が始まることを懸念し、真琴室長は蓮田院長とともにJR博多駅まで迎えに行った。
女性は翌日、無事出産。入院中は毎日赤ちゃんに面会した。ただ、女性の決意は変わらなかった。「自分が育てるより、(養子縁組先の)養親に育ててもらった方が幸せになる」
母親の身元を証明する健康保険証と学生証のコピーを女性から預かった真琴室長は、カトリック教徒らが身に着けるメダイ(メダル)を女性に渡した。将来、母子の間をつなぐ絆の証しとして、メダイは赤ちゃんと同じものだった。
内密出産は、2014年にドイツで始まった妊婦の支援制度だ。「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」で危険性を指摘されてきた自宅での孤立出産を防ぎ、子どもが出自を知る手段として、慈恵病院が19年末に国内で初めて導入を表明した。
内密出産を求める女性たちには、被虐待歴や親からの過干渉など家族関係に問題を抱えていたり、軽度の知的や発達障害があったりするケースが多いという。「非常識と言われても仕方のない行動を受け入れる。やっと相談してくれた私たちが手を離すと、二度とつながらなくなる」。蓮田院長はこう繰り返し、内密出産への理解を求める。
「5分おきに陣痛がある。生理の時みたいな出血もある」「途中で生まれたらどうしたらいいですか」。女性たちとの電話やメールで、緊迫したやりとりを交わすこともしばしばだ。真琴室長は「陣痛は普通、我慢できるものではありません。それでも、私たちが『来てはだめ』と言うことはできない」と胸の内を明かす。
これまでの7例では、病院内の保護室「エンゼルルーム」で2カ月近くを過ごした女性もいた一方で、家族に出産の事実を隠し続けるため、出産後の安静が必要な時期に戻っていく女性もいたという。
真琴室長は、内密出産した全ての女性たちと、〝20年の付き合い〟を約束している。ただ、携帯料金の滞納などで連絡が途切れることも。またつながると、ほっと胸をなでおろす。「負担ではありません。何かあれば相談してほしい。いま、支えられるのは私たちだけだから」
◇ ◇
病院の一部の関係者にのみ身元を明かして出産する「内密出産」。9月末には国のガイドラインが示され、全国に広がる可能性が出てきた。しかし、妊婦の長距離移動や情報管理など積み残された課題は多い。7例の現状を基に、課題を探る。(「ゆりかご15年」取材班)
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熊本市出身。早回しの歌に乗せた形態模写やデフォルメの効いた顔まねでデビューして45年。声帯模写も身に付けてコンサートや座長公演、ドラマなど活躍の場は限りなく、「五木ロボ」といった唯一無二の芸を世に送り続ける“ものまね界のレジェンド”です。その芸の奥義と半生を「ものまね道」と題して語ります。