真実告知、迷いの末に…<ゆりかご15年>連載 第4部⑦
「写真見せて、見せて」
県内の住宅街。保育園に通うハルト君(仮名)は、父トオルさん(同)が手作りした“絵本”を見たいとせがんだ。
タイトルは「わが家の宝物」。ハルト君の成長を追った写真や親子のイラストとともに、優しい言葉でつづられている。「ハルトはパパとママとは血はつながっていませんが、親子です。特別養子縁組が成立して大喜びしたよ」「ハルトは、こうのとりのゆりかごに預けられました」
トオルさんと妻のヨウコさん(同)が、ハルト君と家族になったのは数年前。児童相談所から里親委託を持ちかけられた。慈恵病院(熊本市西区)の「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」に預けられた子どもで、身元は分かっていないという。夫婦はどんな子どもでも受け入れると決めており、迷いはなかった。
里親は家族になった経緯を幼少期から伝え始める「真実告知」をするように研修を受ける。ヨウコさんが告知について迷い始めたのは、養子縁組が成立した後だ。「預けられた事実をどう伝えたらいいのか…」
ある支援者からは「子どもが傷つくから隠し通した方がいい」と言われた。里親同士の交流で、ゆりかごに預けられた子どもを育てている家族に出会ったこともある。「助け合おうね」と話し合ったが、その夫婦は告知をしない考えだった。子どもが成長するにつれ、交流は途絶えた。
夫婦の間でも意見が割れた。ヨウコさんは「子ども時代に、余分な悩みを抱えてほしくない。事実を知るのは社会に出てからでいい」と考え、トオルさんは「肯定的に早く伝えた方がいい」と主張。けんかが絶えなかった。
転機となったのは、3歳だったハルト君の一言だ。お風呂に入っている時、ヨウコさんに「お母さんのおなかから生まれたんだよね」と聞いてきた。子どもの質問には、うそもちゅうちょもだめだと、里親研修で学んだヨウコさんは「お母さんのおなかじゃないんだよ」と答えた。
一度事実を伝えてしまうと、重荷を下ろしたような気持ちになったという。ハルト君の前では控えていた、ゆりかごのニュース番組も一緒に見始めた。
ハルト君が4歳の時、トオルさんは絵本を作った。家族になった経緯やゆりかごの仕組み、乳児院での生活…。親子で繰り返し眺めている。
「幼いので、まだぼんやりしか分かっていないと思う。ハルト自身が受け入れるまで、伝え続ける」と、トオルさんは覚悟を決めている。しかし告知にはマニュアルもなく、この方法でいいのか不安がつきまとう。ハルト君が、生みの親が分からないことに苦しむ可能性もあるだろう。「児童相談所や病院が協力してくれれば…」と切に願う。
熊本市が公表した運用状況では、ゆりかごに預けられ、特別養子縁組が成立した子どもは計71人。うち21人は身元が分かっていない。県内のある福祉関係者は、ゆりかごに預けられた子どもへの告知について「タブー視されてきた」と明かす。「告知は就学前がベスト。本来は開設5年以内に議論しなければならなかった」と悔やむ。
大西一史市長は6月市議会で「告知のあり方の検討を進める」と明言した。開設から15年。「出自」を巡る議論がようやく始まろうとしている。(「ゆりかご15年」取材班)
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