子どもに知る選択肢を<ゆりかご15年>連載 第4部⑥
荒尾市の坂口明夫さん(49)はこれまでに7回、名字が変わった。子ども時代に出自を知った当事者であり、現在は支える立場にもある。
実父の不倫で生まれた。父に引き取られるはずだったが、その父が事故で亡くなり、親戚の家を転々とした。靴べらでたたかれたり、実子と違う扱いを受けたり。何でここにいるのか分からず、自分は望まれた存在ではないと感じていたという。
小学生の頃、友達の父親と生まれて初めてキャッチボールをした。「これが『普通の親子』なのか。生きている世界が違う」と驚いた。成長するにつれ、自分の家庭が「普通」ではないと理解できるようになった。「やっと人としんどさを比べずに生きられるようになった」と話す。
複雑な家庭の事情を「知らない方がよかったと感じることも多い」と明かす坂口さん。今は福岡県大牟田市の児童養護施設「甘木山学園」の支援部長として、子どもたちと接する。
子どもが出自を知ることを希望する場合、混乱しないよう、生い立ちを知らせる準備を慎重にする。それでも「必ずしも、真実を知ることで救われ、つらい境遇を乗り越えられるとは限らない」。生きる上で、出自自体が足かせになる恐れもあるからだ。
特別養子縁組のあっせんなどに取り組む公益社団法人・家庭養護促進協会大阪事務所(大阪市)には、養親からさまざまな悩みが寄せられる。「棄児だったと言えず、まだ告知できていない」「レイプの結果生まれた子どもということは、墓場まで持っていく」
同団体は約60年の活動の中で、当初から養親に対し、子どもに血縁関係がないと伝える「真実告知」の必要性を訴え続けてきた。同団体のアンケートによると、1994年に「告知をした」と回答した養親は3割未満だったが、2016年には74・5%に上った。
しかし、養子だとは伝えられても、生みの親が育てられなかった経緯については口をつぐむ親が多い。性被害による妊娠や棄児、実親が犯罪者など、過酷な背景を持つ子どももいる。子どもが「祝福されて生まれてこなかったと感じないか」と心配する声も上がる。
養親がためらううちに、子どもが児童相談所や家庭裁判所などの記録を開示請求し、事実を知ったケースもあった。「打ち明けにくい事情は確かにある」と理事の岩﨑美枝子さん(81)。ただ、「私たち大人が『かわいそうだから』などと価値判断をしてはいけない。大人はまず全てを受け止め、あらゆる事情もひっくるめて子どもを愛しているんだと伝えるのが真実告知だ」と訴える。
甘木山学園にも、出自をたどって多くの卒園生が訪ねて来る。ルーツを知りたいと思う時期は子どもによって異なる。坂口さんは「銀行口座のように、知りたい時にいつでも情報を引き出せるシステム」があればいいと感じている。
一方で、真実を知るメリットとデメリットを第三者が伝えることの重要性も感じている。「出自を知るか、知らないか、子どもに選択肢を与えるべきだ」。かつて複雑な生い立ちに悩む子どもだった、坂口さんの答えだ。(「ゆりかご15年」取材班)
真実告知 特別養子縁組を結んだ養親や里親が子どもに対し、生い立ちについて伝える行為。生みの親が一緒に暮らせない事情なども伝え、就学前から行うのが望ましいとされる。養親らは里親登録に向けた研修などで重要性を学ぶ。実際に行うかは各家庭の判断に委ねられる。
RECOMMEND
あなたにおすすめPICK UP
注目コンテンツTHEMES
こうのとりのゆりかご-
内密出産、法制化の課題探る 国会議員ら東京で勉強会
熊本日日新聞 -
「ゆりかご」など出自を知る権利検討会の報告書、25年3月に公表延期 「さらに議論深める」
熊本日日新聞 -
「内密出産」初事例から3年で計38件に 九州以外が6割超 熊本市の慈恵病院
熊本日日新聞 -
妊娠悩み相談は計2113件 熊本県や市、慈恵病院の24年度上半期 「思いがけない妊娠」が最多
熊本日日新聞 -
「ゆりかご」一定の匿名性を容認 熊本市の専門部会、慈恵病院の質問状に回答
熊本日日新聞 -
「ゆりかご」や内密出産の出自情報開示、18歳目安に検討 「知る権利」検討会が最終会合 12月末までに報告作成へ
熊本日日新聞 -
母親の情報開示を巡り議論 熊本市の慈恵病院で第10回検討会、年内にも報告書とりまとめ
熊本日日新聞 -
「子ども大学」地域へ広がり 1年目終了、出張講義も 「ゆりかご」公表の宮津さんが理事長
熊本日日新聞 -
「ゆりかご」運営の慈恵病院(熊本市)に民間団体が88万円寄付
熊本日日新聞 -
生い立ち知る大切さ共有 「真実告知、身近な人から伝えて」 熊本市で里親研修大会
熊本日日新聞
STORY
連載・企画-
移動の足を考える
熊本都市圏の住民の間には、慢性化している交通渋滞への不満が強くあります。台湾積体電路製造(TSMC)の菊陽町進出などでこの状況に拍車が掛かるとみられる中、「渋滞都市」から抜け出す取り組みが急務。その切り札とみられるのが公共交通機関の活性化です。連載企画「移動の足を考える」では、それぞれの交通機関の現状を紹介し、あるべき姿を模索します。
-
学んで得する!お金の話「まね得」
お金に関する知識が生活防衛やより良い生活につながる時代。税金や年金、投資に新NISA、相続や保険などお金に関わる正しい知識を、しっかりした家計管理で安心して生活したい記者と一緒に、楽しく学んでいきましょう。
※次回は「成年後見制度」。12月27日(金)に更新予定です。