生い立ち整理 未来のため <ゆりかご15年>連載 第4部⑤
家庭で生活することが難しい子どもたちの多くは、児童養護施設などで暮らす。社会的養護と呼ばれる仕組みだ。県内の児童養護施設は12カ所あり、2021年度末時点で497人が暮らす。親と離れる理由はさまざまだが、事情を知らされないまま年齢を重ねる子どもたちもいる。
「自分がなぜ施設にいるのか分からない」。親を頼れない若者の就労や住居支援に取り組む熊本市のNPO法人「トナリビト」。代表理事の山下祈恵さん(35)の所には、児童養護施設の出身者からこうした訴えがよく寄せられるという。18歳まで県内の施設で暮らした20代のミズキさん(仮名)もその1人だ。
施設職員に親のことを教えてくれるよう何度頼んでもはぐらかされ、生い立ちが分からないまま退所し、トナリビトに身を寄せた。
山下さんは「成育歴が分からないモヤモヤに加え、応えてくれない大人への不信感を募らせていた。人との関係がうまく結べず、攻撃的なそぶりを見せることもあった」と振り返る。
ミズキさんの強い希望を受け、山下さんは家族に関する資料を施設から取り寄せ、出自を知る過程に寄り添った。資料が届いても、すぐに事実を伝えることはせず、まずはミズキさんに自分自身の過去を振り返るよう促した。部活動での頑張りや友人関係で悩んだ時期…。覚えている限りの出来事を紙に記してもらった。
全ての振り返りが終わった後、山下さんは施設から届いた資料を読み上げた。母親はシングルで経済的に困窮し、ミズキさんを乳児院に託していた。
「お母さん、追い詰められていたんだね」。山下さんが声を掛けると、ミズキさんは涙ぐんだ。“時間旅行”のような振り返りを終えたミズキさんからは、周りを威嚇するような態度が消えた。「同じ立場の若者を助けたい」とも語ったという。
山下さんが行ったのは海外で始まった「ライフストーリーワーク」という手法だ。支援者と対話しながら現在から過去へ時間をさかのぼり、一連の物語を紡いで生い立ちを整理する。
ライフストーリーワークに詳しい元帝塚山大教授の才村眞理さん(大阪府)は生い立ちが分からない子どもの特徴を「多くは過去にばかり意識が向き、未来に目を向けられない」と指摘。ワークのメリットについては「他者との語りによって自分のルーツが連続したものになり、自分の存在を肯定的に捉えられるようになる」と強調する。
県内では11年、児童相談所や施設職員ら有志が研究会を設立。その重要性は関係者に浸透しつつある。
トナリビトに集う若者の中には成人後に戸籍謄本を取り寄せ、家族の状況を知るケースも多い。ただ、こうした傾向に山下さんの不安は尽きない。「背景に、知りたいと言えない状況がある。小さい時から、生い立ちについて尋ねても良いんだよ、という雰囲気をつくってほしい」(「ゆりかご15年」取材班)
■社会的養護 社会全体で子どもをはぐくみ、支える仕組み。保護者がいない、あるいは虐待などで養育が難しい親を持つ子どもが対象で、乳児院や児童養護施設、里親家庭で育てられる。社会的養護を必要としている子どもは全国で約4万2千人いるとされ、県内は642人(21年度末時点)。
RECOMMEND
あなたにおすすめPICK UP
注目コンテンツTHEMES
こうのとりのゆりかご-
妊娠悩み相談は計2113件 熊本県や市、慈恵病院の24年度上半期 「思いがけない妊娠」が最多
熊本日日新聞 -
「ゆりかご」一定の匿名性を容認 熊本市の専門部会、慈恵病院の質問状に回答
熊本日日新聞 -
「ゆりかご」や内密出産の出自情報開示、18歳目安に検討 「知る権利」検討会が最終会合 12月末までに報告作成へ
熊本日日新聞 -
母親の情報開示を巡り議論 熊本市の慈恵病院で第10回検討会、年内にも報告書とりまとめ
熊本日日新聞 -
「子ども大学」地域へ広がり 1年目終了、出張講義も 「ゆりかご」公表の宮津さんが理事長
熊本日日新聞 -
「ゆりかご」運営の慈恵病院(熊本市)に民間団体が88万円寄付
熊本日日新聞 -
生い立ち知る大切さ共有 「真実告知、身近な人から伝えて」 熊本市で里親研修大会
熊本日日新聞 -
「ゆりかご」や内密出産、真実告知の在り方など議論 熊本市の慈恵病院で第9回検討会
熊本日日新聞 -
内密出産とゆりかご、受け入れ先が決まらない子ども増加 慈恵病院の蓮田院長「養育先、早く見つけて」
熊本日日新聞 -
「出自を知る権利」どう守る? 「ゆりかご」の慈恵病院シンポ 実親の最低限の情報、保管を
熊本日日新聞
STORY
連載・企画-
移動の足を考える
熊本都市圏の住民の間には、慢性化している交通渋滞への不満が強くあります。台湾積体電路製造(TSMC)の菊陽町進出などでこの状況に拍車が掛かるとみられる中、「渋滞都市」から抜け出す取り組みが急務。その切り札とみられるのが公共交通機関の活性化です。連載企画「移動の足を考える」では、それぞれの交通機関の現状を紹介し、あるべき姿を模索します。
-
学んで得する!お金の話「まね得」
お金に関する知識が生活防衛につながる時代。税金や年金、投資に新NISA、相続や保険などお金に関わる正しい知識を、しっかりした家計管理で安心して生活したい記者と一緒に、楽しく学んでいきましょう。
※次回は「損害保険」。11月14日(木)に更新予定です。