突然の告知 ぼうぜん自失 <ゆりかご15年>連載 第4部④
出自を知った経緯やタイミングによっては、当事者がトラウマ(心的外傷)や葛藤に長く苦しむ場合がある。県央に住むトモコさん(60代)=仮名=は高校を卒業したばかりのころ、実の親だと思っていた母親と血のつながりがないことを知った。周囲からの突然の告知で、今も気持ちを消化できずにいる。
「あんたのお母さんは子どもを生んだことがない」。何げない親戚との会話だった。何を意味するのか最初は理解できず、ただただぼうぜんとするしかなかった。そんな中、叔父から性的暴行を受けた。二重の衝撃に、当時の記憶はあいまいだ。叔父はショックを受けたトモコさんを「慰めようと思った」と言い繕った。
その後、いろいろなことが分かった。トモコさんが生まれてすぐに実母と父が離婚していたこと、再婚した父が「くれぐれも伝えるな」と、離婚の事実を周囲に口止めしていたこと。
もし父が正直に話してくれたならば、つらい経験をすることもなく、その後の人生も変わったのではないか-。トモコさんは1人で苦しみ、叔父から受けた暴行も、周囲に悟られたくなかった。自殺を考えたこともある。
継母はトモコさんを厳しく育てた。ただ、育ててくれた継母の気持ちを考えると、実母には会えなかった。結婚し、自身に子どもが生まれると、「こんなに幼い子を見捨てたのか」と実母を恨む感情も湧いた。迷い続け、実母と顔を会わせたのは50歳近くになり、継母が他界してからだ。
探し当てた実母は入院中で、1度会った後、間もなくこの世を去った。「母のぬくもりを感じたかったのに、もう冷たくなってしまった」。トモコさんは今も悔やんでいる。
生い立ちの伝え方などの著書がある児童養護施設・熊本天使園(合志市)の秋月穂高統括主任(40)は「出自を知るのは非常に大切だが、事実を伝えれば終わりではない」と強調する。突然、事実だけを伝えられたり、望まない形で知らされたりすれば、子どもを追い詰めてしまう。「大人の一方的な判断や思いで知らせるべきではない。信頼関係を築き、子どもとよく話し合いながら知りたいニーズに応えるべきだ」と訴える。
施設や里親など社会的養護で育った当事者らでつくる団体(大阪府)の中村みどり副代表(39)も、府内の児童養護施設で育った経験から「生い立ちは丁寧に扱ってほしい」と話す。
高校2年の時、会った記憶のない母親が突然、施設に訪ねてきた。施設職員から何の説明もないまま対面。「子どもを預けたのは私のせいじゃない」と言い続ける女性の話を、黙って聞くしかなかった。「いきなりお母さんですよと言われても、目の前の女性が誰か分からなかった。冷静に会えていたら、施設に入った理由を聞けたかもしれないのに…」。嫌な気持ちが残った。
乳児院にいた過去を知ったのも、施設を退所し大学生になってからだ。驚いて施設に問い合わせると、「知らなかったのか」と軽い調子で返された。「生い立ちの扱いが乱暴すぎる。ショックを受ける自分が悪いのか」と思い悩んだ。
中村さんは自分の名前の由来を知らない。成人した今、その後会っていない母親を探しだし、聞き出すこともできるのかもしれない。埋めたい空白はある。ただ、まだ会う勇気はない。(「ゆりかご15年」取材班)
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