子の思い、最大限認めて <ゆりかご15年>連載 第4部⑧
「出自を知る権利」について、国内で長く議論が続くのが、生殖補助医療の分野だ。不妊治療の一つで、夫ではない男性から精子を匿名で提供してもらう場合、子どもは遺伝上の父親を知ることができない。厚生労働省の生殖補助医療部会は2003年、出自を知る権利を保障する方向で合意したが、法制化までには至っていない。
「子どもは当事者なのに、意思決定に一切関われない。だからこそ自分のことを知る権利を最大限認めてほしい」。横浜市の医師、加藤英明さん(48)は第三者による精子提供で生まれた。29歳で事実を知って以来、遺伝上の父を探し続けている。
医学部の実習中、血液検査で父親と遺伝的なつながりがないことを知った。母親に尋ねると、慶応大で不妊治療を受けたと告げられた。妊娠後は地元の病院に通って出産し、嫡出子として出生届を提出。夫婦だけで決断し「墓場まで持って行く秘密だった」という。
予想だにしなかった事実に、「半分が分からない自分は、一体何者なんだ」と、足元が崩れるような感覚に襲われた。母親は提供者を知らず、何か尋ねるたびに急に不機嫌になった。
「何でもいいから情報を知りたい」。焦りを募らせた加藤さんは、つてを頼り、慶応大で精子提供を行っていた医師に会うことができた。提供者の遺伝疾患や近親婚の心配がないか尋ねたかったが、医師は「私が、医学部生の中から自分の目で選んでいる。変なやつじゃない」と太鼓判を押した。加藤さんは「自分の仕事が形になって純粋に喜んでいた。子どもの思いは気にしていない印象だった」と振り返る。
精子提供は1948年、国内で初めて慶応大病院で実施された。1万人以上が生まれたとみられるが、正確には分かっていない。
加藤さんは、患者を救いたい医師の思いは、よく理解できるという。ただ「子どものできない親を助けるというきれいごとの裏に、子どもは出自を知れないという代償がある」と批判。「匿名の提供者、告知したくない親、黙っていた方が幸せだという医療者。みんなぐるになって、うまく進む仕組みができてしまった」と怒りをにじませる。
慶応大の卒業生名簿を入手し、手を尽くしたが、いまだに提供者にたどり着けていない。2014年には慶応大に対し提供者の情報を開示するよう求めたが、「記録が破棄され、確認できない」と却下された。
生殖補助医療を巡っては、生まれた子どもとの親子関係を明確にする民法特例法が20年に成立。しかし、出自を知る権利は「2年をめどに検討」と先送りされている。超党派の議員連盟が3月にまとめた新法の骨子案でも、提供者の情報を100年間保存するとした一方で、開示は提供者が同意した場合と、条件付きとなった。今後、国会などで議論が進む見通しだが、その行方は生殖補助医療以外の子どもたちにも影響を及ぼしそうだ。
加藤さんは、進展が遅い社会の現状に腹立たしさを感じながらも、ささやかな願いを持ち続けている。遺伝上の父といつか一緒に酒を酌み交わすことだ。「おやじの人となりが知りたい。彼がこういう経緯で提供したから、ぼくが生まれたというストーリーを聞きたいんです」(この連載は清島理紗、志賀茉里耶が担当しました)=第4部終わり
※第5部は「内密出産」について考えます。
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