出産の秘密 誰にどこまで<ゆりかご15年>連載 第3部「匿名の先に 母子をどう支える」③
中学3年の娘ナツキさん(仮名)の妊娠が判明し、生まれてくる赤ちゃんをどうするのか、母親マリコさん(仮名)は葛藤した。
赤ちゃんを施設に預けるのは「あまりにも無責任」という気持ちが強く、頭に浮かんだのは「自分の戸籍に入れて育てる」という選択。しかし、相談に応じた慈恵病院(熊本市西区)の当時の看護部長、田尻由貴子さん(73)からは「自分で育てないということは、無責任なことではない」と諭された。
養親の戸籍に実子として入る特別養子縁組という制度があることも教えられた。「ここだったら、秘密は守られるのかもしれない」と思えたマリコさんは、身元を明かした。
一方、病院以外へは徹底して秘密を貫いた。ナツキさんの体形の変化に気付かれないよう、学校には体調不良とだけ伝え、授業を休ませた。夏休み前には切迫早産の疑いでそのまま入院。年齢が近いナツキさんのきょうだいにも知らせなかった。夏休みの期間は、きょうだいを自分の実家に預け、ナツキさんと会わせないようにした。
赤ちゃんの父親は同じ学校の男子生徒だった。男子生徒の親とは話し合いをしたが、ナツキさんが入院している病院名を伏せるなど情報は極力伝えなかった。
一方、ナツキさんは妊娠が分かって以降、「自分で育てる」という思いが強くなり、マリコさんと何回も口論になった。ナツキさんは「どうやって育てるのか、具体的な計画があるわけではなかったけど、反対されればされるほど、『絶対、自分で育てる』と思ってました」と振り返る。
気持ちが変わるきっかけになったのは、何げなく見ていた大学生による嬰[えい]児殺しのテレビニュース。「大学生ができないなら、中学生の私では無理だと思った」。ナツキさんは赤ちゃんを養子に出すことを病院に告げた。赤ちゃんの養親はすぐに決まり、隣室で養親が待機する中で出産。赤ちゃんの記憶として残っているのは、産まれた直後におなかの上に乗せられたぬくもりだけだった。
出産から数日たったある日、ナツキさんは看護部長の田尻さんに促され、病院の近くにある聖堂で赤ちゃんの幸せを祈った。「もう、あなたは前を向きなさい」。田尻さんからは、そんな言葉をかけられた。ナツキさんは、夏休み明けには学校に戻り、希望の高校に進学した。
あれから10年近くが経過し、今は会社員として働いている。マリコさんとナツキさんの間で、出産のことを話すことはほとんどない。ただ、マリコさんには一つ気がかりなことがある。ナツキさんが今後、結婚して妊娠した時に、過去の出産をどこまで明かすかという問題だ。
「経産婦ということは、病院だけが知っていればいいこと。私は娘が結婚する相手に伝える必要はないと思う」とマリコさん。しかし、ナツキさんは「夫になる人には隠し通せることではない。正直に伝えたい」と考える。誰にどこまで打ち明けるのか。母子は、その課題を抱えて生きていく。(「ゆりかご15年」取材班)
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