連携支援へ「身元教えて」<ゆりかご15年>連載 第3部「匿名の先に 母子をどう支える」④
「名前を隠したままでは結局、しっかりした支援につなぐことができない」
福田病院(熊本市中央区)で、「産前・産後母子支援事業」に取り組む社会福祉士の日髙恵利さん(41)は、身元が分かれば、子どもだけでなく、母親本人も継続的な支援につながっていくと強調する。
支援事業は若年妊娠や生活苦など問題を抱える「特定妊婦」をサポートし、子どもの虐待死を防ぐのが目的。県内では、県から委託を受けた福田病院と熊本市から受託している熊本乳児院が取り組んでいる。
妊娠を知られたくない妊婦の場合、最初は匿名かニックネームでの相談も可能だ。名前を明かすことを強制するのではなく、身元が分かることによって必要な支援につながるメリットの丁寧な説明を繰り返す。その結果、ほとんどの人が身元を明かしていくという。
2020年11月から取り組む無料の「中高生妊娠相談」も、匿名でも受け付けている。相談のハードルを下げたことで受診につながりやすくなり、これまで約90件の相談が寄せられた。
日髙さんによると、妊娠を隠したいと望む女性は、虐待を受けていたり、軽い知的障害があったりするケースが目立つ。成育環境や家族の状況を丁寧に聞き取っていくと、知られたくない対象が、親なのか、職場や地域なのか、分かってくるという。「個人情報は関係機関の中で守られる。誰に、なぜ言いたくないのか、一つ一つ解決していくことで本人も楽になっていく」と力説する。
数年前、未成年の女性が陣痛を訴え、救急搬送されてきたことがあった。お金も保険証もなく、産婦人科の受診歴もない。妊娠の事実はパートナー以外、誰にも知らせていなかった。
女性は小さい頃から親に虐待を受け、高校を中退して家出していた。「妊娠を親に知られたくないし、親がつけた名前は嫌い」と偽名を名乗り続けた。軽い知的障害があり、子育てのイメージができない様子だった。病院のスタッフは「お母さんが誰か分からなければ、赤ちゃんもずっと苦しみを抱えて生きていかなきゃいけない。赤ちゃんの幸せを一番に考えよう」と繰り返し語り掛けた。
出産後、女性は自分で育てることを考え始め、やがて名前を明かす。病院は行政の母子保健担当や児童相談所、子育ての訪問支援を行う民間団体に支援を要請。生活を立て直す道筋が立つと、女性は落ち着きを取り戻した。子どもは乳児院に預けられたが、引き取りを目指す女性は自立した生活に向けて努力している。
同病院の産前・産後母子支援事業には、年間2千件前後の相談が寄せられ、専門知識と豊富な経験を持った社会福祉士2人と助産師1人が、妊婦が抱える課題に応じて自立支援や家事支援につないでいる。
力を発揮するのが、市町村をはじめ、学校や保育園、障害者支援センターなどとの幅広い連携ネットワークだ。2022年度までの5年間で約7500人の困窮妊婦を行政や民間団体につないできた。
多くの困窮母子を支援につないできた日髙さんは訴える。「病院での支援には限りがある。母子保健や障害福祉など官民の関係機関との協力が不可欠だ」(「ゆりかご」15年取材班)
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