賛否両論も思いは同じ<ゆりかご15年>連載 第3部「匿名の先に 母子をどう支える」⑤
「身元が分からずに育つのは、想像しがたい不安があり、思春期の不安定さにもつながる。命と同じように心も重要だ」。児童相談所(児相)の元職員は、「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」に預けられた子どもの親を探すのは、子どもの幸せのためだと強調する。
「ゆりかご」は当初から、匿名で預けた親を児相が探すという「矛盾」を抱えてきた。
預けられた子どもは「要保護児童」として児相が保護し、児童福祉法に基づく社会調査が始まる。実親は本当に自分で育てることができないのか、養子縁組を望んでいるのか、子どもに最適な養育は何かを、見極めるためだ。元職員によると、必要な支援につなぐことで、自分で育てることに踏み出す親もいるという。
児相はこれまで、各自治体や医療機関、警察などにも照会し、子どもと一緒に「ゆりかご」に置かれたタオルなどの品々や目撃された車のナンバーなどから親を探してきた。2019年度までに預けられた155人のうち、8割は身元が判明している。
この社会調査に対して、慈恵病院(熊本市)の蓮田健院長は「親が手紙やおもちゃを残すのはあくまで赤ちゃんのため。性的暴行や不倫が理由で預ける親もいる。親を100%調べることが、本当に子どもの幸せにつながるのか」と疑問視する。
身元を明かしてもらう努力は続けるが、「最後まで匿名でなければ、病院とつながりを持てない人がいる」という。親からの虐待など、生きづらさを抱え、軽度の発達・知的障害から相談自体が苦手な妊婦たちだ。
精神科の立場で慈恵病院をサポートする吉田病院(人吉市)の興野康也医師も「障害がある人の中には自分から『SOS』を出せない妊婦がいるのも事実。妊娠そのものを受け止めきれない危機的状況にある妊婦にとって、匿名性を守ることは重要だ」と話す。
「課題を抱える母子こそ、実名で継続的な支援につなぐ必要がある」。そう訴えるのは、養子縁組に取り組む産婦人科など全国20の病院でつくる「あんしん母と子の産婦人科連絡協議会」の鮫島浩二理事長だ。
「匿名のままでは、母親自身が心のケアや支援が受けられず、子どもを手放した重荷を一人で一生、背負って生きていかねばならない。障害や生きづらさがあるなら、なおさら支援が必要だ」と訴える。
埼玉県の産婦人科「さめじまボンディングクリニック」院長として、困難を抱えた女性たちに30年以上向き合う中で、匿名を望み、自暴自棄から死を口にする女性も多いという。「だからこそ、支援が途切れないよう何百時間もかけて向き合い、実母と子どもの人生を守るしかない。匿名のままでは母子ともに救うことができない」と強調する。
「ゆりかご」に預けられ、今も身元が分からない子どもは31人に上る。匿名でなければ救えなかった命なのか。
昨年、熊本市の「ゆりかご」専門部会の部会長に就いた安部計彦・西南学院大教授は問いかける。
「匿名性には賛否両論あるが、困窮した母子を守りたいという思いは同じ。社会が知恵を出し合って支援のネットワークをつくることが大事ではないか」
(この連載は林田賢一郎、清島理紗、田端美華が担当しました)=第3部終わり
※第4部は「出自」について考えます。
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