(7)救い求める声 さらに多く

【いのちの場所 ゆりかご15年】第2部 たどりついて 母たちの思い⑦
「子どもを預け入れに来た母親を確認したら、相談に結び付けるのがベスト。相談につながらなければ、何も解決しない」
慈恵病院(熊本市西区)の「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」開設時、看護部長だった田尻由貴子さん(72)は、「ゆりかご」はあくまでも支援の入り口にすぎないと捉えている。預けた母親たちの多くが、生活に困窮し、虐待などで心に傷を負いながらも、身近に支える人がおらず、必要な支援にも結び付いていない実態を目の当たりにしてきたからだ。
熊本市は、親が育てられない赤ちゃんを匿名でも預かる「ゆりかご」の設置を許可する際、「子どもの安全確保」「相談機能の強化」「公的相談機関との連携」の三つを守るという条件を付けた。これを受け、慈恵病院は新生児室やナースステーションにブザーなどを設置。預け入れがあればスタッフが駆け付け、親との接触を図るようにしてきた。
ゆりかごのベッドの上には「お父さん、お母さんへ」と書いた手紙を置き、赤ちゃんに何かを残してほしいとも伝えている。
こうした運用の中で、「ゆりかご」の扉の前で病院関係者に声を掛けられたり、妊娠相談から支援につながったりしたケースは少なくない。預け入れを思いとどまった人もいる。2020年度までの14年間に預けられた赤ちゃんは159人に上るが、そうした事例を含めると、「ゆりかご」に救いを求めてきた母子の実数はさらに多いという。
さらに、06年から24時間対応する「SOS妊娠相談」には、これまでに約4万8千件もの声が寄せられた。田尻さんも退職までの8年間、苦しみに耳を傾けた。「ゆりかご」に預けられた事案に加え、約600人の困窮する母親に寄り添い、自身での養育や、特別養子縁組などの決断を後押ししてきた。
19年度までに預けられた155人のうち、特別養子縁組したのは71人。53人は乳児院などの施設や里親の元で暮らしている。また、児童相談所の追跡調査によって、身元が判明しているのは約8割の124人。約2割の31人は今も身元が分かっていない。
「ゆりかご」の運用状況を検証する市の専門部会は、匿名でも預かる仕組みによって生じる、子どもたちの出自が不明となる問題に警鐘を鳴らす。「身元が分からない子どもは長期間苦しみ続け、自尊心の確立に支障をきたす」として、子どもが実親を知る権利の保障を訴えてきた。
「妊娠の葛藤に匿名で寄り添う相談機関が増えれば、ゆりかごのいらない社会になる」。そう唱える田尻さんも、完全な匿名による支援の難しさを実感している。「最初は匿名で相談を受けても、最後まで匿名だと、母子ともに支援につながりにくい。なぜ、『ゆりかご』を選ばざるをえなかったのか、どんな支援があれば預けなくてもよかったのか、検証もできない」
慈恵病院は、「匿名でなければ救えない」との姿勢を当初から貫いてきた。蓮田健院長は「最後まで匿名を担保しなければ、離れていく母親が必ず出てくる。危険な孤立出産を防ぎ、母子の命を守るためにも匿名希望の意思を尊重し、彼女たちとつながり続ける必要がある。それしか救う方法がない」と力を込める。その思いは揺るがない。
「匿名でなければ救えないのか」-。この課題は開設から15年たった今も横たわり続けている。
(この連載は林田賢一郎、清島理紗、志賀茉里耶が担当しました)=第2部終わり
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