(4)命、出自… 見守る人も葛藤
![慈恵病院に完成した「こうのとりのゆりかご」の前で、記者の質問に答える当時の蓮田太二理事長(故人)=2007年5月、熊本市西区(植山茂)](/sites/default/files/styles/crop_default/public/2022-03/hasuda.jpg?itok=_qYIsT68)
【いのちの場所 ゆりかご15年】 第1部 家族になる 航一さんのこれまで④
熊本市西区の慈恵病院に全国初の「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」が開設されたのは2007年5月。20年度までに159人が預けられた。同市の里親の下で成長した宮津航一さん(18)=東区=もその一人だ。
当時、看護部長だった田尻由貴子さん(71)は、ゆりかご内のベッドに座っていた航一さんの姿が忘れられないという。
預けられた子どもだけでなく、妊娠に戸惑う女性からの電話相談に24時間対応してきた田尻さんだが、ゆりかごに預けられた子どもたちのその後を知ることはできない。子どもは児童相談所に保護され、特別養子縁組や里親、養護施設など、それぞれの場所で育っていくからだ。「お願いします、という感じだった」
航一さんと、思いがけず再会がかなったのは数年後。小学生になり、里親の美光さん(64)と、病院を訪ねてくれたという。その後も交流は続き、航一さんと美光さん夫婦が養子縁組することも、丁寧な筆致の手紙で知った。「ご両親の深い愛を受け、出自も分かった。ゆりかごがあったから、航一さんはここにいると実感した」
![宮津航一さんからの手紙を読む慈恵病院元看護部長の田尻由貴子さん=熊本市西区](/sites/default/files/styles/crop_default/public/2022-03/tajiri.jpg?itok=F7fIqBez)
開設当時、県中央児童相談所の相談課長として子どもたちの保護や身元調査を担当した黒田信子さん(71)は、保護した航一さんに「なぜ保護者と離れ離れになったのか説明できない。ゆりかごにものすごく腹が立った」と振り返る。
黒田さんが一時保護所に顔を見せるたび、航一さんは靴を取りに走った。「家に連れて帰ってもらえると思ったんでしょう」。靴を離さず、毎日泣いていたという。「おうちはどんなところかな?」と尋ねると、ビルのような絵を描き、知っていた地名を口にした。黒田さんたちは、画用紙の中の町を探してまわった。
出自不明の子どもと接した経験から「自分が何者か分からないまま、生きていくのはつらい。若い子だけでなく、30、40代になっても『実親を探したい』と訴える」と黒田さん。ゆりかごに預けられた子どものうち、身元不明は31人(19年度までの累計)。全体の5分の1に当たる。
「(赤ちゃんの)その後の育ちをしっかり守ろうと覚悟を決めた」。当時の熊本市長、幸山政史さん(56)は、ゆりかごの設置を許可した頃の心境を明かす。今年2月、初めて航一さんに会った。「とてもしっかりしていた。自分の言葉でゆりかごについて語ると決断したのは尊いことだ。ただ、航一さんを『ゆりかごの代表』にしてはいけない」
大人のさまざまな事情で預けられた子どもたちが、どんな人生を歩んでいるかは分からない。望まない妊娠や男性からの暴力、貧困…。「ゆりかごを通して見えてくる社会の暗部から、目を背けてはいけない」と幸山さん。市長だったとき、命や人権にどこまで向き合えていたのだろうか-。今も自問を続けている。(「ゆりかご15年」取材班)
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