(4)命、出自… 見守る人も葛藤
【いのちの場所 ゆりかご15年】 第1部 家族になる 航一さんのこれまで④
熊本市西区の慈恵病院に全国初の「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」が開設されたのは2007年5月。20年度までに159人が預けられた。同市の里親の下で成長した宮津航一さん(18)=東区=もその一人だ。
当時、看護部長だった田尻由貴子さん(71)は、ゆりかご内のベッドに座っていた航一さんの姿が忘れられないという。
預けられた子どもだけでなく、妊娠に戸惑う女性からの電話相談に24時間対応してきた田尻さんだが、ゆりかごに預けられた子どもたちのその後を知ることはできない。子どもは児童相談所に保護され、特別養子縁組や里親、養護施設など、それぞれの場所で育っていくからだ。「お願いします、という感じだった」
航一さんと、思いがけず再会がかなったのは数年後。小学生になり、里親の美光さん(64)と、病院を訪ねてくれたという。その後も交流は続き、航一さんと美光さん夫婦が養子縁組することも、丁寧な筆致の手紙で知った。「ご両親の深い愛を受け、出自も分かった。ゆりかごがあったから、航一さんはここにいると実感した」
開設当時、県中央児童相談所の相談課長として子どもたちの保護や身元調査を担当した黒田信子さん(71)は、保護した航一さんに「なぜ保護者と離れ離れになったのか説明できない。ゆりかごにものすごく腹が立った」と振り返る。
黒田さんが一時保護所に顔を見せるたび、航一さんは靴を取りに走った。「家に連れて帰ってもらえると思ったんでしょう」。靴を離さず、毎日泣いていたという。「おうちはどんなところかな?」と尋ねると、ビルのような絵を描き、知っていた地名を口にした。黒田さんたちは、画用紙の中の町を探してまわった。
出自不明の子どもと接した経験から「自分が何者か分からないまま、生きていくのはつらい。若い子だけでなく、30、40代になっても『実親を探したい』と訴える」と黒田さん。ゆりかごに預けられた子どものうち、身元不明は31人(19年度までの累計)。全体の5分の1に当たる。
「(赤ちゃんの)その後の育ちをしっかり守ろうと覚悟を決めた」。当時の熊本市長、幸山政史さん(56)は、ゆりかごの設置を許可した頃の心境を明かす。今年2月、初めて航一さんに会った。「とてもしっかりしていた。自分の言葉でゆりかごについて語ると決断したのは尊いことだ。ただ、航一さんを『ゆりかごの代表』にしてはいけない」
大人のさまざまな事情で預けられた子どもたちが、どんな人生を歩んでいるかは分からない。望まない妊娠や男性からの暴力、貧困…。「ゆりかごを通して見えてくる社会の暗部から、目を背けてはいけない」と幸山さん。市長だったとき、命や人権にどこまで向き合えていたのだろうか-。今も自問を続けている。(「ゆりかご15年」取材班)
RECOMMEND
あなたにおすすめPICK UP
注目コンテンツTHEMES
こうのとりのゆりかご-
妊娠悩み相談は計2113件 熊本県や市、慈恵病院の24年度上半期 「思いがけない妊娠」が最多
熊本日日新聞 -
「ゆりかご」一定の匿名性を容認 熊本市の専門部会、慈恵病院の質問状に回答
熊本日日新聞 -
「ゆりかご」や内密出産の出自情報開示、18歳目安に検討 「知る権利」検討会が最終会合 12月末までに報告作成へ
熊本日日新聞 -
母親の情報開示を巡り議論 熊本市の慈恵病院で第10回検討会、年内にも報告書とりまとめ
熊本日日新聞 -
「子ども大学」地域へ広がり 1年目終了、出張講義も 「ゆりかご」公表の宮津さんが理事長
熊本日日新聞 -
「ゆりかご」運営の慈恵病院(熊本市)に民間団体が88万円寄付
熊本日日新聞 -
生い立ち知る大切さ共有 「真実告知、身近な人から伝えて」 熊本市で里親研修大会
熊本日日新聞 -
「ゆりかご」や内密出産、真実告知の在り方など議論 熊本市の慈恵病院で第9回検討会
熊本日日新聞 -
内密出産とゆりかご、受け入れ先が決まらない子ども増加 慈恵病院の蓮田院長「養育先、早く見つけて」
熊本日日新聞 -
「出自を知る権利」どう守る? 「ゆりかご」の慈恵病院シンポ 実親の最低限の情報、保管を
熊本日日新聞
STORY
連載・企画-
移動の足を考える
熊本都市圏の住民の間には、慢性化している交通渋滞への不満が強くあります。台湾積体電路製造(TSMC)の菊陽町進出などでこの状況に拍車が掛かるとみられる中、「渋滞都市」から抜け出す取り組みが急務。その切り札とみられるのが公共交通機関の活性化です。連載企画「移動の足を考える」では、それぞれの交通機関の現状を紹介し、あるべき姿を模索します。
-
学んで得する!お金の話「まね得」
お金に関する知識が生活防衛やより良い生活につながる時代。税金や年金、投資に新NISA、相続や保険などお金に関わる正しい知識を、しっかりした家計管理で安心して生活したい記者と一緒に、楽しく学んでいきましょう。
※次回は「家計管理」。11月25日(月)に更新予定です。