(5)子どもに寄り添う存在に

熊本日日新聞 2022年3月30日 10:52
「ふるさと元気子ども食堂」でお菓子を配る宮津航一さん(中央右)=12日、熊本市中央区
「ふるさと元気子ども食堂」でお菓子を配る宮津航一さん(中央右)=12日、熊本市中央区

 【いのちの場所 ゆりかご15年】 第1部 家族になる 航一さんのこれまで⑤

 慈恵病院(熊本市西区)の「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」に預けられた宮津航一さん(18)=東区=は、里親として自分を育ててくれた美光さん(64)、みどりさん(63)夫婦の背中を見つめて生きてきた。成長につれ「自ら動き、人を引っ張っていく両親のように、人を支える存在でありたい」という思いが強くなったという。

 美光さんは長年、非行少年に働く場を与えたり、社会活動への参加を促したりして自立を支え、PTAや防犯協会など地域活動にも尽力してきた。「家庭に問題を抱えた子どもたちに、家族として向き合いたい」と2011年にファミリーホームを開設し、これまで30人以上の里子を迎えた。

 航一さんも「お兄ちゃん」として、子どもたちに寄り添ってきた。虐待を受けていたり、親に十分甘えられなかったり、「愛情の欠けた家庭で育った子もいた。自分は宮津家で両親から大切にされて、親子として関係を築いていくことができた」と航一さん。里親制度が広がり、多くの子どもが家庭的な愛の中で育ってほしい。血縁関係を重視する日本の風潮が変わってほしい-。そう願うようになった。

 昨年3月。高校から帰宅する車の中で、ラジオから流れてきたニュースが、航一さんを動かした。福岡県で起きた、知人女性から精神的支配を受けた母親が5歳の男児に十分な食事を与えず餓死させたという事件だった。「虐待が事前に分かっていれば、悲惨な事件を防ぐことができたかもしれない」。車中で美光さんと話し合った。

 コロナ禍が社会を覆い、人と人とのつながりが失われつつあった。「地域や社会の中に居場所がない子どもたちの集いの場をつくろう」。2人はすぐに動きだした。

 家族で通うカトリック帯山教会(中央区)や周辺自治会などに働き掛け、6月には「ふるさと元気子ども食堂」を開いた。月に1回、宮津家自慢のカレーを無料で提供している。子どもたちのにぎやかな声が響く中で、「一人で来て何杯も食べて、じっと座っている子がいる」「子どもが多く、精神的に不安そうな母親がいる」。支援を必要とする人たちに目を配り、ソーシャルワーカーにつなぐこともある。

 「父は『自分にしかできないことをやった方がいい』と言ってくれた」。その言葉が勇気をくれた。4月から進学する県立大では、福祉や政治、社会のことを広く学びたいと話す。「そして自分から行動を起こして、発信できる人間になりたい」

 幼い日、たった1人でゆりかごに座っていた子どもは新たな家族と出会い、海を渡る船のように力強く生きていこうとしている。航路の先に見据えるのは、すべての子どもが幸せに暮らせる社会だ。「僕の経験が、きっと誰かの役に立つと思います」(この連載は清島理紗、林田賢一郎が担当しました)=第1部終わり

RECOMMEND

あなたにおすすめ
Recommend by Aritsugi Lab.

KUMANICHI レコメンドについて

「KUMANICHI レコメンド」は、熊本大学大学院の有次正義教授の研究室(以下、熊大有次研)が研究・開発中の記事推薦システムです。単語の類似性だけでなく、文脈の言葉の使われ方などから、より人間の思考に近いメカニズムのシステムを目指しています。

熊本日日新聞社はシステムの検証の場として熊日電子版を提供しています。本システムは研究中のため、関係のない記事が掲出されこともあります。あらかじめご了承ください。リンク先はすべて熊日電子版内のコンテンツです。

本システムは「匿名加工情報」を活用して開発されており、あなたの興味・関心を推測してコンテンツを提示しています。匿名加工情報は、氏名や住所などを削除し、ご本人が特定されないよう法令で定める基準に従い加工した情報です。詳しくは 「匿名加工情報の公表について」のページ をご覧ください。

閉じる
注目コンテンツ
こうのとりのゆりかご