(5)子どもに寄り添う存在に
【いのちの場所 ゆりかご15年】 第1部 家族になる 航一さんのこれまで⑤
慈恵病院(熊本市西区)の「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」に預けられた宮津航一さん(18)=東区=は、里親として自分を育ててくれた美光さん(64)、みどりさん(63)夫婦の背中を見つめて生きてきた。成長につれ「自ら動き、人を引っ張っていく両親のように、人を支える存在でありたい」という思いが強くなったという。
美光さんは長年、非行少年に働く場を与えたり、社会活動への参加を促したりして自立を支え、PTAや防犯協会など地域活動にも尽力してきた。「家庭に問題を抱えた子どもたちに、家族として向き合いたい」と2011年にファミリーホームを開設し、これまで30人以上の里子を迎えた。
航一さんも「お兄ちゃん」として、子どもたちに寄り添ってきた。虐待を受けていたり、親に十分甘えられなかったり、「愛情の欠けた家庭で育った子もいた。自分は宮津家で両親から大切にされて、親子として関係を築いていくことができた」と航一さん。里親制度が広がり、多くの子どもが家庭的な愛の中で育ってほしい。血縁関係を重視する日本の風潮が変わってほしい-。そう願うようになった。
昨年3月。高校から帰宅する車の中で、ラジオから流れてきたニュースが、航一さんを動かした。福岡県で起きた、知人女性から精神的支配を受けた母親が5歳の男児に十分な食事を与えず餓死させたという事件だった。「虐待が事前に分かっていれば、悲惨な事件を防ぐことができたかもしれない」。車中で美光さんと話し合った。
コロナ禍が社会を覆い、人と人とのつながりが失われつつあった。「地域や社会の中に居場所がない子どもたちの集いの場をつくろう」。2人はすぐに動きだした。
家族で通うカトリック帯山教会(中央区)や周辺自治会などに働き掛け、6月には「ふるさと元気子ども食堂」を開いた。月に1回、宮津家自慢のカレーを無料で提供している。子どもたちのにぎやかな声が響く中で、「一人で来て何杯も食べて、じっと座っている子がいる」「子どもが多く、精神的に不安そうな母親がいる」。支援を必要とする人たちに目を配り、ソーシャルワーカーにつなぐこともある。
「父は『自分にしかできないことをやった方がいい』と言ってくれた」。その言葉が勇気をくれた。4月から進学する県立大では、福祉や政治、社会のことを広く学びたいと話す。「そして自分から行動を起こして、発信できる人間になりたい」
幼い日、たった1人でゆりかごに座っていた子どもは新たな家族と出会い、海を渡る船のように力強く生きていこうとしている。航路の先に見据えるのは、すべての子どもが幸せに暮らせる社会だ。「僕の経験が、きっと誰かの役に立つと思います」(この連載は清島理紗、林田賢一郎が担当しました)=第1部終わり
RECOMMEND
あなたにおすすめPICK UP
注目コンテンツTHEMES
こうのとりのゆりかご-
妊娠悩み相談は計2113件 熊本県や市、慈恵病院の24年度上半期 「思いがけない妊娠」が最多
熊本日日新聞 -
「ゆりかご」一定の匿名性を容認 熊本市の専門部会、慈恵病院の質問状に回答
熊本日日新聞 -
「ゆりかご」や内密出産の出自情報開示、18歳目安に検討 「知る権利」検討会が最終会合 12月末までに報告作成へ
熊本日日新聞 -
母親の情報開示を巡り議論 熊本市の慈恵病院で第10回検討会、年内にも報告書とりまとめ
熊本日日新聞 -
「子ども大学」地域へ広がり 1年目終了、出張講義も 「ゆりかご」公表の宮津さんが理事長
熊本日日新聞 -
「ゆりかご」運営の慈恵病院(熊本市)に民間団体が88万円寄付
熊本日日新聞 -
生い立ち知る大切さ共有 「真実告知、身近な人から伝えて」 熊本市で里親研修大会
熊本日日新聞 -
「ゆりかご」や内密出産、真実告知の在り方など議論 熊本市の慈恵病院で第9回検討会
熊本日日新聞 -
内密出産とゆりかご、受け入れ先が決まらない子ども増加 慈恵病院の蓮田院長「養育先、早く見つけて」
熊本日日新聞 -
「出自を知る権利」どう守る? 「ゆりかご」の慈恵病院シンポ 実親の最低限の情報、保管を
熊本日日新聞
STORY
連載・企画-
移動の足を考える
熊本都市圏の住民の間には、慢性化している交通渋滞への不満が強くあります。台湾積体電路製造(TSMC)の菊陽町進出などでこの状況に拍車が掛かるとみられる中、「渋滞都市」から抜け出す取り組みが急務。その切り札とみられるのが公共交通機関の活性化です。連載企画「移動の足を考える」では、それぞれの交通機関の現状を紹介し、あるべき姿を模索します。
-
学んで得する!お金の話「まね得」
お金に関する知識が生活防衛やより良い生活につながる時代。税金や年金、投資に新NISA、相続や保険などお金に関わる正しい知識を、しっかりした家計管理で安心して生活したい記者と一緒に、楽しく学んでいきましょう。
※次回は「家計管理」。11月25日(月)に更新予定です。