(3)実母は交通事故で… 「空白」埋める古里への旅

【いのちの場所 ゆりかご15年】 第1部 家族になる 航一さんのこれまで③
「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」に預けられた後、里親の下で育った宮津航一さん(18)=熊本市東区=には、生まれた時の写真がない。小学生になり、学校の授業で、自分の成長の様子を振り返る宿題が出た。「クラスの中で自分だけ写真が無かった。体重も分からない。想像で書くしかなくて困った」
航一さんの身元が判明したのは、それからしばらくたってからだ。
ゆりかごに預けられた子どもは、児童相談所(児相)によって一時保護され、里親や施設に託される。その際、服や手紙など残された手掛かりから身元を調べる。航一さんは、児相から連絡を受けた里親の美光さん(64)とみどりさん(63)の口から、実の親のことを告げられた。
生まれたのは東日本の町。実父は分からないが、実母は航一さんが5カ月の時、交通事故で亡くなっていた。その後ゆりかごに預けられるまで、親戚の下で育てられていた。
「実母の死が悲しいという感情よりも、事実が分かったことがうれしかった」と航一さんは振り返る。「分かる前は、親がどんな人なのか想像するしかなく、不安だったが、それが薄らいだ。今の両親は、僕自身の身の上について包み隠さず、何でも話してくれた。だから自然に、すんなりと事実を受け入れられた。自分のルーツを探そうと心に決めた」
航一さんはその年の夏休み、美光さんと古里を訪ねた。亡き母へ、手紙を書いていた。2人で実母が眠る墓に参り、たくさんの線香をたき、手紙を読み上げた。手紙はその場で燃やし、天に届けた。青空に上っていく、白い煙。墓にあった小石を拾い、お骨代わりにと熊本に持ち帰った。半分は教会の納骨堂に納め、残りは「目に入る所に置きたかったから」、自分の部屋に置いている。
墓のある寺の僧侶は、幼かった航一さんと実母のことを、知る限り教えてくれた。かつて住んでいた家も案内してくれた。事故現場を知りたくて、地元の図書館で当時の新聞を閲覧したが、分からなかった。
熊本に帰った後、実母が働いていた職場が分かった。同僚の一人が、実母が写ったスナップ写真をプレゼントと一緒に送ってくれた。航一さんとそっくりだった。
小学校を卒業した時も、墓前に報告した。中学2年の時に実母が命を落とした現場が分かった際も、美光さんと訪れ、手を合わせた。小さかった航一さんが、よく食事をしていたという天ぷら店や焼き鳥店にも入ってみた。「おいしい思い出があれば、記憶がずっと残るたい」と美光さん。亡き母を思いながら食べた、古里の味。空白だった生い立ちが、少しずつ埋まっていった。(「ゆりかご15年」取材班)
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熊本市出身。早回しの歌に乗せた形態模写やデフォルメの効いた顔まねでデビューして45年。声帯模写も身に付けてコンサートや座長公演、ドラマなど活躍の場は限りなく、「五木ロボ」といった唯一無二の芸を世に送り続ける“ものまね界のレジェンド”です。その芸の奥義と半生を「ものまね道」と題して語ります。