(2)ゆりかごの記憶、鮮明に 里親夫婦、積極的に抱っこ・・・いつしか「お父さん、お母さん」
【いのちの場所 ゆりかご15年】 第1部 家族になる 航一さんのこれまで②
「ぼく、ここに入ったことがある!」。宮津航一さん(18)=熊本市東区=は幼少期、慈恵病院(西区)の「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」が映し出されたテレビを指さし、そう叫んだという。赤ちゃんではなく、物心ついてから預けられた航一さんの記憶は、鮮明だった。
里親の宮津美光さん(64)は「最初は一瞬、ごまかそうかと思いました」と振り返る。ただ「一度うそをついたら、次々と上塗りをしなければならなくなる」と覚悟を決めた。つらい事実かもしれないが、正直に伝え、それを上回る愛情で育てればいい-。
東区でお好み焼き店を営むかたわら、非行少年らの自立を支えるボランティアに取り組んでいた美光さんとみどりさん(63)夫婦は2007年、里親登録した。初めて迎えた里子が航一さんだ。「本当にかわいくて、天使がやってきたと思いました。五男は弟ができたと喜んで」とみどりさん。教員の長男と高校生だった五男との暮らしが始まった。
温かく迎えられた航一さんだが、寝る前や手持ち無沙汰な時、寂しさを紛らわすように、3本の指を口の奥まで入れて音をたてて吸っていた。クリスチャンの夫婦が通う教会のミサでも小1時間じっと座り、行儀がよかった。我慢する姿が、けなげだった。「全く知らない人の家に来て、子どもなりに一生懸命だったんでしょう」とみどりさんは推し量る。
ゆりかごに預けられた子だと児童相談所から聞いていた。「そういう子なら、なおさらかわいがらなんね」。夫婦は積極的に抱っこをするようにした。しばらくは自分から甘えることはなかった航一さんだが、2カ月もすると、自ら抱っこをねだり、離れなくなった。いつしか2人のことを「お父さん、お母さん」と呼ぶようになっていた。
保育園に入園した航一さんは、通い始めてすぐのころ、「早くお迎えに来てね」と言って、園のフェンスを握り締めていたという。美光さんは仕事を早く切り上げて迎えに行き、公園でよく一緒に遊んだ。
園では、友達もたくさんできた。運動会のかけっこでは1位。発表会では主役の浦島太郎役。里子数人を交えた家族ぐるみでの「絆づくりの旅行」では年1回、大型車で長野や新潟、四国を旅した。ゆりかごを意識することのない日々が過ぎ、アルバムには思い出の写真が増えていった。
家族と名字が違ったが、小中学校では通称として「宮津」を名乗っていた。「同級生の里子がいた時期もあった。ほかの同級生から尋ねられると『僕は血のつながった親子だ、兄も5人いるんだ』と伝えていた。内心複雑だったけど、本当の親子に見られるように」
(「ゆりかご15年」取材班)
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