東京でも計画、期待と懸念 <ゆりかご15年>連載 第5部「知られず産みたい 『内密』の波紋」⑨
「ニーズがあり、救われる母子がいるなら取り組むべきだ」。9月末、東京都内で小児科など五つの医院を運営する医療法人社団モルゲンロートの小暮裕之理事長が、内密出産に取り組むことを表明した。
2024年秋に江東区に開院予定の産婦人科医院での実施を見込み、親が育てられない子どもを匿名でも受け入れる赤ちゃんポストの設置も目指すという。実現すれば、関東では初の取り組みとなるが、児童相談所(児相)を所管する都は「現場が混乱する」と戸惑いを隠さない。
内密出産では、周りに妊娠を知られたくない女性が匿名のまま病院で安全に出産することを目指す。国内で受け入れているのは慈恵病院(熊本市西区)のみで、人口の集中する関東圏で受け入れが始まれば、意義は大きい。これまで慈恵病院で内密出産した7人は全て県外から。東日本からの長距離移動中に陣痛が始まるなど、危険なケースが相次いでいた。
「アクセスしやすい東京で受け入れれば、赤ちゃんが病院以外で産み落とされる危険も減る。首都圏での試みは、認知度アップにもつながる」と小暮理事長。10月下旬には関係者が慈恵病院を視察した。
モルゲンロートの表明から2日後には、国が初めて内密出産のガイドライン(指針)を示した。しかし、内密出産で生まれた子どもの養育環境を決める上で欠かせない、児相による「社会調査」を実施していいのか、母親の身元情報を子どもにいつどう開示するのか、指針では示されなかった。
都の担当者は「『子どもが出自を知る権利』への対応を、国はどう考えているのか。ただ子どもを保護して、社会的養護で育てるだけでは済まない」と憤る。
ドイツの内密出産に詳しい奈良大の床谷文雄教授(家族法)は「子どもの出自を知る権利と、母親が知られたくない権利との兼ね合いを整理し、母子それぞれの権利を保障するためには法制化が必要」と訴える。指針では受け入れる医療機関の条件や費用負担について触れていないことも問題視し、「財政支援体制などを整えてから、受け入れ母体をつくるのが望ましい」と国主導の体制づくりを求める。
内密出産について、国は「推奨はしない」と、指針に明示しながらも、存在を容認した。国内初の事例からわずか約9カ月。指針策定を要望していた熊本市の大西一史市長は「全国で類似の対応ができるようになる」と広がりに期待を寄せる。
ただ、妊娠相談窓口や妊婦シェルターなど海外に比べ支援施設が不足する中で、内密出産が全国に広がることに懸念を抱く関係者もいる。
養子縁組あっせん機関ベアホープ(東京)の赤尾さく美理事は、国内の現状を「課題だらけだ」と指摘した上で、「ほかにもさまざまな支援体制の整備が求められている。その中で、内密出産だけを『最後のとりで』にして進めるのは危険だ」と警鐘を鳴らす。
困窮する母子を適切な支援にどう結び付けていくのか。社会に託された課題は大きい。
(この連載は清島理紗、志賀茉里耶、豊田宏美、園田琢磨、林田賢一郎が担当しました)
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