「あす熊本で大雨」の予報 その時どうする!

熊本日日新聞 | 2021年06月30日 18:00

矢守克也(やもり・かつや) 災害情報論、防災心理学が専門。著書に「防災心理学入門」「天地海人 防災・減災えっせい辞典」など。熊本市在住だった義母が被災した熊本地震についても深く関心を寄せ、2020年3月まで「くまにち論壇」の執筆を3年間務めた。1963年、名古屋市生まれ。

 昨年7月、九州など全国各地を襲ったすさまじい豪雨は、熊本県南部を中心に大きな被害をもたらしました。洪水や土砂災害から身を守る鍵は「早めの避難」。しかし、避難情報に接しても実際の行動をためらう人は少なくありません。県内で暮らす架空の老夫婦をモデルに、避難行動につながるヒントを考えます。解説は防災心理学の専門家、京都大防災研究所の矢守克也教授です。

<プロローグ>78歳と75歳の夫婦を東京の息子が心配

 熊造さんは78歳。木造2階建ての自宅で、75歳の妻・綾子さんと暮らしています。住んでいる市が作成した「ハザードマップ(防災マップ)」は、大雨で近くの川があふれると警告。浸水は「深さ1.0~3.0メートル」との想定で、自宅1階は水没するかもしれません。それでも「わが家まで水が来たことはなか」とうそぶく熊造さんの元に、長男の一郎さんから電話が入りました。「あす熊本で大雨」と伝える予報を見て、東京で心配しています。

<エピソード1>「心配いらん、家におる」

 「雨は大丈夫? 強うなる前に避難ばせんといかんよ」と一郎さん。熊造さんはハザードマップを見ながら「心配いらん。2階は大丈夫だけん、家におる」。しかし、昨年の豪雨災害で県内犠牲者の8割超は高齢者でした。再び電話した一郎さんは、諭すように言いました。「おやじ、孫が一緒に住んどっても同じことば言うね?」

熊本市ハザードマップの一部。浸水が予想されるエリアが色塗りされており、想定される浸水の深さも表示される

【その時は!】「心配性バイアス」で一押し

 自分だけは大丈夫―。人は根拠もなく、物事を都合よく考えてしまいます。危機が迫っても、まだ正常の範囲だと思い込む傾向を「正常性バイアス」と言います。災害への備えは後回しになりがち。しかし、わが子や孫のこととなると、とたんに心配になるのが親心です。遠方に住む高齢の親を子どもが案じるのも同じ心境でしょう。この「心配性バイアス」を働かせてください。災害が迫っていたら、電話やメール、SNSで大事な人に避難を働き掛けてみましょう。「そんなに言うなら仕方ない」と重い腰も上がるはずです。(矢守教授)

<エピソード2>「支流が逆流し始めたら大ごとになる」

 息子の説得を熊造さんの横で聞きながら、綾子さんは以前の大雨を思い出しました。自宅は浸水を免れましたが、近所の川の支流が逆流しだすと、あっという間に辺りの道が冠水。本流の川の水位情報も確認していた近くのタクシー会社は、支流の様子を見て車両を全て高台に上げて難を逃れました。綾子さんは「支流が逆流し始めたら大ごとになる。避難ば考えなんね」。

【その時は!】「避難スイッチ」決めよう

 市町村が出す避難指示だけに頼らず、自ら行動のきっかけとなる「避難スイッチ」を決めておくと早めの避難につながります。「用水路沿いの道が冠水したら、間もなく宅地に水が押し寄せる」といった経験に基づくサインに目を凝らし、目安とする考え方です。このような「身の回りの異変」と、土砂災害警戒情報や水位など「気象や河川の情報」、近所の人が避難を始めたり、呼び掛けたりしている「周囲の振る舞い」の3点が避難スイッチのポイント。昨年の豪雨災害では、川の増水を察知した住民の避難スイッチが効き、周囲に早めの避難を促して人的被害を出さなかった集落が複数ありました。(矢守教授)

【参考】
球磨川氾濫「はよ逃げろ!」 一軒一軒呼びかけ、50人救う
「避難スイッチ」「大丈夫」通用しない 「逃げろ」の声、背中押す

昨年7月の豪雨では球磨川が氾濫。しかし、相良村柳瀬十島区の西村地区では住民約50人がいち早く避難し、犠牲者を出さなかった。水路から球磨川に排水する樋門を管理する西村俊則さん水位の上昇を察知。知らせを聞いた住民らの“避難スイッチ”が入り、避難行動につながった

<エピソード3>指定避難所への道「大雨の時は危なか」

 熊造さんが手にしたハザードマップによると、自宅から歩いて約15分の小学校体育館が市指定の避難所。田んぼのあぜ道を通らなければ行けませんが、大雨が降ると用水路があふれ、道との境目が分からなくなることも。「大雨で視界が悪くなったり、日が暮れたりしたら、余計に危なかね」と綾子さん。熊造さんは高台に住む友人の菊五郎さんに電話しました。「雨が強うなったら、そっちに行ってよかね?」

【その時は!】「セカンドベスト」の避難先も大切

 自治体指定の避難所が「最善」だとすれば、それとは別に「次善」の避難先を自分で決めておくのが「セカンドベスト」の考え方です。状況によっては公的な避難所や行き来の経路が危険になることもあり、昨年の豪雨災害では従来の指定避難所が床上1メートル超も浸水したケースも。あらかじめ「セカンドベスト」を決め、避難訓練をしておくことも大切です。(矢守教授)

【参考】
「空振り」でも早期避難を 南阿蘇村立野地区 土砂崩れ対策、道半ば

球磨村の被災者が避難した人吉一中の体育館=2020年7月11日、人吉市

<エピソード4>「避難は無駄足かもしれんバイ」

 熊造さんの電話に、菊五郎さんは「それなら、明るかうちに来なっせ」。しかし、まだ大雨の気配はなく「避難は無駄足かもしれんバイ」と熊造さん。「それなら、それでよかタイ」。菊五郎さんはそう言うと、昨年の豪雨災害で避難所に身を寄せた親戚の話をしました。激しい雨の中の移動は普段より時間がかかり、上着を持たず寒い思いをした―。早めの避難を経験しておけば、「次に生かせるけん、無駄じゃなかよ」。

【その時は!】「空振り」を恐れない

 災害情報を元に、早めに避難しても「空振り」になるかも。それでも「避難した」という経験は、次の災害で避難を迫られた時の不安を和らげます。また、避難所で一夜を明かしてみると、持参したほうが良い物など自分に必要な備えに気付かされます。災害情報は100%確実ではなく、完全な未来予測はできません。「空振り」は「素振り」。つまり、まさかの時のための大事な練習です。懲りずに避難し、命を守ってください。(矢守教授)

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