【あの時何が 熊本市動植物園編⑦】チンパンジー 人間以上におびえ
「フォッ、フォッ」。熊本地震の前震が発生した直後の4月14日午後9時50分、熊本市動植物園のチンパンジー舎には、恐怖に満ちた叫び声が響き渡っていた。駆け付けた担当飼育員竹田正志(50)は「大丈夫だ、大丈夫」。中にいる5頭を何とか落ち着かせようと、懸命に声を掛け続けた。
続いて到着した同僚の福原真治(48)は、個室にいた雌の「クッキー」(25歳)の異様な姿に目を丸くした。天井の隅で、指の皮が擦りむけるほどの力で鉄柵をつかみ、四肢を踏ん張っていた。「俺ぞ、俺ぞ」と呼び掛けても、いつものように近づいてこない。
「地震の影響が最も大きかったのは霊長類。中でも類人猿のチンパンジーだった」と獣医師の上野明日香(37)は言う。5頭のうち、特にクッキーは地震への恐怖心を半年も拭えなかった。
前震はクッキーともう1頭が個室、他の3頭が大部屋で被災。いずれも、その夜から入室を渋るようになった。代わりに屋内展示室を“避難所”にしたが、そこで本震に襲われた。その後は5頭とも身構えたり、体を揺らしたりする不安行動が続き、食欲が減退。地震に遭った部屋には入らなくなった。
それでも他の4頭は、余震の回数が減るのに並行して10日ほどで回復。ところが不安な様子が消えないクッキーは、個室への入室を拒み続けた。上野らは2カ月間、短時間の入室訓練を繰り返し、7月半ばに個室での宿泊を始めた。やっと落ち着きを見せ始めたのは10月に入ってからだった。
不安行動が長引いた理由は定かでないが、クッキーは5頭のうち最も若く、唯一人工飼育で育った“箱入り娘”。上野は「恐怖に個体差があるのは人間と同じ。何が起きたか分からない分、人間以上に怖かったのではないか」と指摘する。チンパンジーたちは、今でも大きな余震があると、互いに駆け寄って抱き合うしぐさを見せる。
霊長類のうち、キンシコウも約1週間、被災した寝室へ戻りたがらなくなった。アンゴラコロブスは餌を全く食べなくなったが、ニホンザルやワオキツネザルに影響は見られなかった。
アフリカゾウも余震におびえた。数日間は巨体を横たえることもせず、目は充血。食欲不振が続いた。「足の裏が敏感なだけに地震を感じやすい。眠れないで痩せていった」。ゾウを担当して24年目の松本松男(50)を心配させた。
他にも、グラントシマウマは余震が起こるたびに「ヒャンヒャン」と警戒音を発した。インドクジャクも鳴き声を上げ、ヒクイドリは羽を逆立てた。
動物たちを追い詰めた地震の恐怖。その中で新しい命も育まれた。マサイキリンは繊細といわれるが、妊娠中に被災した「小春」は、約450日身ごもった赤ちゃんを9月に無事出産した。(岩下勉)=文中敬称略
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