【あの時何が 熊本市民病院編⑦】県外医師奔走「10人でも20人でも引き受けよう」

熊本日日新聞 | 2017年4月9日 00:00

鹿児島市立病院の搬送用保育器。ドクターヘリ内でもNICUと同レベルの治療ができるという=鹿児島市

 地震で被災した熊本市民病院(同市東区)の赤ちゃんの命を守れ-。昨年4月16日未明。医師のネットワークを通じ、協力依頼を受けた県外の医師たちも奔走した。

 NICUの空き状況などを調べた久留米大病院准教授、岩田欧介(48)は「ドクターヘリで県外にピストン搬送しよう」と考えていた。赤ちゃんの搬送は緊急性が高い。高速道路も新幹線も使えない状況だった。病院屋上のヘリポートには、福岡県から委託を受けたドクターヘリがある。搬送が必要な場合は高度救命救急センターに連絡し、大学の判断でヘリを運航していた。

 同センターに連絡し、夜明けを待ってヘリは市民病院へと飛ぶ態勢を整えた。ところが、午前4時すぎ、「ヘリは使えない」という連絡が入る。「DMAT(災害派遣医療チーム)の指揮下に入ったため、現地(熊本県DMAT調整本部ドクターヘリ調整部)の要請がなければ動かせない」のだという。

 岩田は、いつも気軽に連絡を取り合っている市民病院の新生児内科部長、川瀬昭彦(48)に電話しようとして、ためらった。現場は今、どうなっているのだろう。片手で搬送先と連絡を取り、もう片方の手では赤ちゃんの命をつなぐために懸命になっている川瀬の姿を思い浮かべた。しかし、「熊本からの要請」はどうしても必要だ。思い切って、岩田は川瀬に電話をかけた。

 一方、鹿児島県ドクターヘリの基地がある鹿児島市立病院。新生児内科医師、平川英司(37)は「赤ちゃんを積極的に引き受けよう」と考えていた。鹿児島のヘリは、新生児搬送用の保育器を備えており、ほかのヘリにない特色があった。DMATの指揮下には入らず、新生児の医師のネットワークで飛ぶことにした。

 平川は、日本航空医療学会の認定指導者でもある“空飛ぶドクター”だ。離島が多いため、病院の新生児ヘリ搬送は年間60~70件に上る。

 午前4時40分、平川は市民病院の川瀬と連絡を取り、呼吸器をつけた赤ちゃんの引き受けが決まった。午前5時50分、新生児内科は医師全員に緊急登院を指示。午前7時に開いた会議では、「10人でも20人でも引き受けよう」と話し合った。

 午前7時半ごろ、熊本で活動している鹿児島のDMATから「市民病院から熊本大に運ばれた2人を、九州大へ搬送する必要がある。対応は可能か」と問い合わせを受ける。

 「可能」と答えた平川だったが、戸惑いもあった。鹿児島県のヘリを熊本県から福岡県に飛ばしていいのか。後で問題にならないか-。背中を押したのは、総合周産期母子医療センター長、茨聡(60)だった。「赤ちゃんにとっていいことならやりなさい。責任は私が取る」
(森本修代)=文中敬称略

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