【あの時何が 熊本市民病院編⑤】熊大医師「救急車、運転するしかない」
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治療が必要な赤ちゃんたちを一刻も早く搬送しなければ-。昨年4月16日の本震で被災した熊本市民病院(同市東区)。新生児内科部長の川瀬昭彦(48)は、NICU(新生児集中治療室)などに入院していた38人の搬送先を必死に考えていた。
心臓手術を予定していた子や、術後の子は、同様の手術の実績がある病院に送る必要がある。送り先の病院の特性に加え、子どもの状態と搬送時間も考えなければならない。双子や三つ子の場合、「ばらばらにならないように」とも思っていた。
川瀬は、「周産期医療ホットライン」で熊本大病院(熊本市中央区)にかけた。ホットラインは新生児の救急搬送調整のため、県が10病院に配備している。電話に出たのは総合周産期母子医療センター講師の岩井正憲(51)。「できるだけ患者を受けてもらえませんか」と頼む川瀬に、「できる限り受け入れます」と岩井は応じた。その夜、熊大病院のNICU12床とGCU(新生児治療回復室)12床のうち、8床は空いていた。
病院にある新生児専用の救急車で迎えに行こう-。岩井はそう考えた。ところが、救急車の運転を委託しているタクシー会社は「被災して運転手の手配ができない」という。
早く行かなければ、赤ちゃんたちの命が危ない。「救急車、運転するしかないですよね」。岩井の問い掛けに特任教授の三渕浩(58)はうなずいた。「運転して行こう」
免震構造の熊大病院の被害はほとんどなかったが、揺れを感知したエレベーターは停止したままだ。NICUがあるのは8階。酸素ボンベを備えた搬送用の保育器は重く、階段では下ろすことはできない。「赤ちゃんは抱っこして運ぶしかない」。午前4時15分、三渕と別の医師1人、看護師2人を乗せて、岩井は救急車のハンドルを握った。
救急車などの緊急自動車は、運転免許証を持ち、経験が2年あれば運転できる。医師として何度も乗っていたが、運転はもちろん初めてだ。「ピーポー」というサイレンを鳴らすスイッチは分かった。交差点を通過するとき、「ウー」という音に切り替えた。今度は「ピーポー」のスイッチを押しても切り替わらない。いったん全てのスイッチを切り、もう一度、スイッチを押した。「ピーポー」。再びサイレンが響いた。
赤ちゃんを温めるために、車内の暖房を暑いくらいに効かせた。市民病院で赤ちゃん4人を引き受け、午前5時前に帰ると、助産師らが待っていた。
エレベーターが使えないため、8階まで“リレー”で運ぶのだ。看護師は酸素バッグを動かし続け、助産師が赤ちゃんをそっと抱いて階段を上がった。(森本修代)=文中敬称略
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