【あの時何が 熊本市民病院編②】入院患者310人にけがなし 避難始まる

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昨年4月16日夜、熊本市民病院の看護師長の当直は森美乃(55)だった。前震で被災した東熊本病院(益城町)から搬送された90代の男性患者に付き添っていたとき、本震が襲う。横に置いたパソコンに何かが落下し、真っ二つに割れた。
難を逃れた森は北館2階を走り、患者にけががないことを確認。警備室に向かった。看護師が次々に「避難はどうしますか」と指示を仰いでくる。院内PHSはつながらない。患者は震え、動揺していた。大きな余震が相次ぎ発生。「もうだめだ。取りあえず避難しよう」
「避難するから誘導してください。トリアージ順!」。北館と南館を駆け回り、看護師らに指示した。「トリアージ」は優先順位の判断のことだ。避難では助けられる命を最大限にするため、「軽症から」が基本とされる。看護師たちは歩ける患者から誘導した。
歩けない患者らは医師や看護師、事務職員らが6~8人のチームを組み、シーツや毛布を担架代わりにして運んだ。点滴や酸素ボンベをつけた患者もおり、機器ごと運んだ。患者を背負う医師もいた。
「怖かったですね」「大丈夫ですよ」。看護師たちは、搬送する患者たちの不安を和らげようと声を掛け続けた。余震があると、立ち止まって身を寄せる。揺れが収まったら、慎重に一段一段下った。いったん屋外に避難した後、屋内の安全な場所へ移動することにした。耐震基準を満たしていない南館の患者は新館1階に、北館は1、2階部分が突き出した形のリハビリ室を避難場所とした。
看護師の誘導は迅速だった。14日の前震を受け、災害マニュアルをあらためて見直していた。「搬送係」「誘導係」「物品係」など、災害時の行動を役割分担した「アクションカード」をポケットに入れ、申し送りでも係を引き継いでいた。
「地震で怖い思いをしたが、自分が何をすべきか、役割を決めていたのでスムーズだった」。森は振り返る。幸運もあった。本震発生時は、午前1時15分に交代する準夜帯と深夜帯の申し送りの時間で、勤務を終えた準夜帯の看護師も全員残っていた。通常の2倍の人手があった。駆け付けた職員らも含め、約90人が患者の避難に奔走した。
病棟はガラスが散乱し、壁がはがれたものの、天井は崩落せず、照明も落下しなかった。この夜、入院患者は310人だったが、けがをした人は1人もいない。分娩[ぶんべん]中の妊婦もいなかった。奇跡的だった。
避難開始から1時間後。ほとんどの患者が1階に移動した。患者たちは廊下まであふれていた。場所が足りなくなった。(森本修代)=文中敬称略
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