【あの時何が 熊本市上下水道局編⑦】 東京のコールセンター、受け止めた“声”

東京・新宿の高層ビル。その一室で昨年4月24日正午、一斉に電話が鳴りだした。「水が出らん。死にそうだ」。熊本市上下水道局の電話対応業務を受託したソフトバンクモバイルサービス(SMS)のコールセンターには、開設初日から深刻な訴えが続々寄せられた。
熊本地震の発生から11日目。東京では報道が減り、関心は薄らいでいた。しかし、電話は鳴り続ける。コールセンターの小川尚人[なおと](24)は「今も苦しんでいる人がこんなにいるのか」と痛感した。
委託前、水道局の外線電話は全138回線が鳴りっぱなしだった。職員は対応に追われ、やりとりが1時間以上に及ぶケースも。漏水修理の人員の確保にも影響が出ていた。
市長の大西一史(49)は、打開策として外部委託を指示。緊急性を重んじた水道局は「委託後2、3日以内の業務開始」と異例の条件を付けた。ところが、これが重荷となり、打診した県内外の企業はことごとく門前払い。22日午後6時すぎ、水道局総務課長(当時)の吉井康(57)は、企業リストの残り1社に電話を入れた。それがSMSだった。「他は全部断られた。助けてほしい」
SMSの事業推進室長、田中耕一(42)も当初は難しいと判断した。水道関係の受託経験もなく、準備に1カ月は見込まれた。ただ、「うちが断ればどうなるのか」。覚悟を決めて、社内の慎重論を説き伏せた。
23日午後3時、田中は熊本市中央区の水道局を訪れた。疲れ切った職員の様子を目にして「職員自身もみんな被災者なんだ」と気づかされた。実際の電話応対を参考にコールセンターで必要な想定問答を作り、関連会社での人員確保を急いだ。
熊本から東京へ電話転送を始めた直後、話し中でつながらない電話は1時間で3千件を超えた。「この状態がいつまで続くのか」。つながった電話の応対も容易ではなかった。さまざまな要望、苦情に対し、準備した想定問答だけでは到底応じきれない。田中は新たな項目を次々に追加し、スタッフは想定問答が刻一刻と更新されるという「経験のない業務」を迫られた。聞き慣れない熊本弁や地名にも苦労しながら、遠く被災地の苦境を受け止めた。
電話を受け続けた小川は振り返る。「食ってかかるような人は本当に少なかった。逆に『そっちも頑張って』と声をかけてくれたり、『水が出たよ』と喜んでくれる人がいて励まされた」
SMSの受託は思わぬ効果も生んだ。電話で寄せられる漏水情報は、水道局では手書きでまとめていた。データ処理に長けたSMSでは情報が入るたびに、地図に落とし込んでデジタル化。現場で即刻生かせる態勢を整えた。その後、漏水修理はスピードアップ。吉井は「委託してなかったら、断水解消はさらに遅れたはず」と評価する。=文中敬称略(高橋俊啓)
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