【あの時何が 熊本市上下水道局編②】 全32万世帯断水、復旧へ共通目標
熊本地震の本震が起こった昨年4月16日未明、熊本市中央区水前寺にある6階建ての市上下水道局庁舎には、全職員の1割に当たる約50人が残っていた。激震でキャビネットがくるくる回り、机がひっくり返る。「駐車場に逃げろ」。経営企画課の副課長、藤本仁[ひとし](51)は最上階で叫び、庁内を駆け回った。
避難の指示は耳に届いていたが、水運用課の鳥部博文(50)は配置に就いていた3階の水運用センターにとどまった。水道施設の情報を一元管理できる場を離れるわけにはいかない。「情報がいつ途絶えるか分からない。最後まで見届けるのが使命だ」
同僚3人と机にしがみつき、余震に耐えながらパソコン画面に目を凝らした。「健軍 重故障」-。施設の異常を知らせる赤い文字が次々に浮かび、警報が鳴り続ける。電源や情報の遮断に備え、鳥部は懸命に被害状況をA4用紙に書き留めた。全96本の井戸が濁り、取水ストップ。健軍水源地では水道管の漏水も確認され、水道局は「全32万世帯で断水」という前代未聞の事態に直面した。
上下水道事業管理者の永目工嗣[こうじ](60)は午前3時ごろ、宇城市の自宅から駆け付けた。庁舎は2014年に新築。出入り口の床に走る亀裂に、被害の深刻さを感じた。「全戸断水です」。夜明けには、口径が大きい水道管まで破損しているとの報告も次々に入ってきた。
その後、中央区の市役所で開かれた市災害対策本部の席上、市長の大西一史(49)に「水道復旧が第一の課題だ」との指示を受けた永目。企画や経済分野でキャリアを積み、現場経験がない水道局のトップに就いたのはわずか2週前。「私が唯一できるのは、組織全員の共通目標を示すことだ」と胸の内で決意した。
水道局は3部体制。庁舎に戻り、各部長ら主要幹部を6階の管理者室に集めた。「こんな経験はない」「想定を超えている」。永目が頼りにする幹部らにも動揺が見えた。
「1週間でやります」。切り出したのは維持管理部長(当時)の中島博文(61)だ。被害全容は分からず、確かな見込みはない。あったのは「できるだけ早く復旧する」との思いだけだった。会議で▽水源の確保▽3日以内の配水池からの水供給再開(3)1週間以内の主要管路の復旧-の3点を当面の目標として確認し、課長以上の幹部約20人に伝達。「できるかどうかではなく、やるしかなかった」と中島は振り返る。
中でも優先すべきは、市最大の健軍水源地と基幹管路の復旧だった。断水したままでは、各所の漏水さえ確認できない。
早期復旧の鍵となる要所の修理は、あるスペシャリストに委ねられた。(高橋俊啓)=文中敬称略
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