亡き父の漬物、守りたい 熊本豪雨で被災、仮設暮らしの人吉市・永尾さん 自宅兼店舗の再建めざす

熊本日日新聞 | 2022年6月26日 08:30

豪雨で亡くなった父誠さんが建てた工場で、漬物作りの作業に打ち込む永尾禎規さん=18日、相良村

 熊本県人吉市紺屋町で漬物店を営む永尾禎規さん(58)は2020年7月の熊本豪雨で、同居の父誠さん=当時(88)=を亡くした。自宅兼店舗も失ったが、父が建てた相良村の工場は無事だった。「父から受け継いだ味を守りたい」。黙々と漬物作りに打ち込みながら、あの日から2年の節目を迎える。

  今月18日、相良村柳瀬の工場。永尾さんが真剣な表情で梅干しの仕込み作業をしていた。漬物店「永尾商店」は、祖父が1934年に紺屋町で創業。工場は79年、2代目の誠さんが球磨村にあった小学校の旧講堂を買い取って、相良村に移築した。

 永尾さんは陸上自衛官を経て、24歳から誠さんの下で漬物作りを学んだ。誠さんの口癖は「人においしいと喜んでもらえる物を作れ」-。職人気質で、作業中に話しかけると怒られるほど、いつも集中していたという。

 2013年、誠さんは自宅で転んで大腿[だいたい]骨を折って自宅療養となり、14年に永尾さんが3代目となった。時折、「工場に行きたい」という誠さんを車で連れて行くこともあった。

 20年7月4日。紺屋町の自宅兼店舗に、川の氾濫水が押し寄せた。永尾さんは、認知症だった誠さんの両手を握って避難させようとしたが、誠さんは「もうよか」と言って動かなかった。永尾さんは、母ムツ子さん(91)を背負って平屋の屋上へ。その後、室内に残された誠さんの救出を試みたが、みるみる水位が上がり断念した。夕方、誠さんは居間で倒れた状態で見つかった。

 自宅兼店舗は1965年の大水害でも漬かった。消防団員だった誠さんが、当時1歳8カ月の永尾さんを抱きかかえて安全な場所に避難させたという。永尾さんは「今度は自分が父を助ける番だったが…。残念です」と悔やむ。

 現在は自宅兼店舗の再建を目指し、ムツ子さんと市内の仮設団地で暮らす。朝、誠さんの遺影に手を合わせて一日が始まる。工場で従業員と作業したり、配送したりする毎日だ。商品は、大根やハクサイ、キュウリなどで作る十数種類。誠さんが考案した、漬け込み液に隠し味の球磨焼酎を加えた「割干漬」は今も看板商品だ。

 食生活の変化で漬物の需要は減りつつあるという。豪雨災害に加えて新型コロナウイルスの影響で、地元の宿泊施設や飲食店への出荷は厳しい状況が続くが、「店とともに、日本の食文化の伝統を守りたい」と永尾さん。新商品の開発を考える時、ふと師匠でもある誠さんを思い浮かべる。「父ならどうするかな」(中村勝洋)

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