娘の詩、語り続ける 震災関連死の松崎胡桃さんの母・久美子さん 全国から反響「命の大切さ伝えたい」

熊本日日新聞 | 2021年11月08日 11:40

12歳の誕生日に、訪問教育でつづった文章を確認する松崎胡桃さん=2011年11月9日、熊本市(家族提供)

 重い心臓病だった松崎胡桃[くるみ]さん=熊本市東区=が、2016年の熊本地震の震災関連死で亡くなって5年。16歳だった。生前の胡桃さんは特別仕様のパソコンで自分の思いを表現しており、両親が詩集として出版。全国の障害児の家族らに反響が広がっている。「命の大切さを伝えたい」-。母の久美子さん(52)は学童保育の読み聞かせで詩集を取り上げ、懸命に生きた娘の「軌跡」を教訓として伝えている。

 胡桃さんは、血液がうまく流れない純型肺動脈閉鎖症だった。低酸素脳症も患い、ほぼ寝たきりで話すこともできなかった。熊本養護学校(現熊本支援学校)の訪問教育が、世界を広げるきっかけになった。わずかに動く左手でパソコンのマウスを操作。学ぶ喜びや家族への感謝、生きる決意など、真っすぐな感性を表現するようになった。

 「わたしのことをあいしてくれて あきらめないで なんでもしてくれて なんにもできなくて ごめんなさい」「ぱそこんで きもちをつたえたい うきうきしてきます きっときっと できるとしんじています」「むげんにひろがる かのうせいにむかって わたしはめをそらさずに いきていく」

詩集「まま そだて ありがと」を手にする久美子さん。自宅の一室には胡桃さんの写真やお気に入りのぬいぐるみなどが飾られている=9月、熊本市東区

 5年半前。胡桃さんは自宅で被災し、体調が一変した。余震のたびに体がけいれんし、呼吸が満足にできなかった。かかりつけの熊本市民病院は被災して入院できず、別の病院にも断られた。その後、容体がさらに悪化し、市民病院が手配した病院に緊急入院。16年9月、敗血症性ショックのため、息を引き取った。

 葬儀の日。久美子さんは、胡桃さんが眠るひつぎに大好物だった手作りのポテトサラダとグラタンを入れ、満足な治療ができなかったことをわびた。父勝洋さん(49)は無念の思いで唇をかみしめた。

 17年5月、胡桃さんは震災関連死と認定。翌6月、詩やメッセージ63編をまとめた詩集『まま そだて ありがと』(熊本日日新聞社)が出版された。詩集の存在は、報道や障害児ケアを考える勉強会を通じて広がり、北海道、関東、四国などから「感動した」「読み聞かせで使いたい」といった声が相次いだ。

 重度障害の19歳の息子を自宅でケアしている内田智雅子さん(52)=熊本市中央区=は「家族への感謝の思いが心に響いた。話すことができない私の子どもも感謝してくれているかも、と希望が出た」。障害者向けツアーを手掛ける旅行会社「旅のよろこび」(同市北区)は、17年に久美子さんを招いて勉強会を開催。社長の宮川和夫さん(58)は「胡桃さんの生きざまは、環境さえ整えば、障害がある人もさまざまな可能性を発揮でき、社会参加もできることを社会に投げ掛けている」と話す。

 あの地震から5年半。9日は、胡桃さんの22歳の誕生日となるはずだった。久美子さんは「娘を失った悲しみ、医療機関への怒りが薄れたことは一日もなかった」と振り返る。

 仕事でかかわる学童保育の読み聞かせでは時折、娘の詩集を取り上げる。何編かの詩を読んだ後、こう話しかける。「病気で学校に行けない人、生きたくても病気で死んじゃう人もいます。自分の命、そして相手を思いやる気持ちを大切にしてください」

 元気よく「はい」と答える子どもたちの真っすぐな視線に、詩を書く時の胡桃さんの澄んだ瞳が重なる。(渡辺直樹)

パソコンと連動した特製のスイッチで、文章を入力していく当時9歳の松崎胡桃さん=2008年12月(小野宏明)

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